一粒の麦よ
帆場蔵人

埋もれた一粒の麦のことを
考えている

踏み固められた大地から
顔も出せず
根をはることもなく
暗澹とした深い眠りのなかで
郷愁の念を抱いているのか
夏天に輝く手を伸ばし
希望の歌がこぼれんばかりに
大地を豊穣の海へと変えた
あのころを

冬天の下、霜枯れていく山里よ
幼き日に友たちと駆けた
黄金色の迷い路の夢も枯れて
またひとり、またひとりと人々は去り
整然と均された荒野と鬱蒼と茂る緑が
ただ広がっている

農夫よ何処に行ったのだ?

わたしはかえりみる
縁側で眠るように座していた
あの年老いた農夫を
節くれた傷だらけの手の厚みを
あの埋もれた一粒の麦の声に
その耳を傾けていたのか
わたしには聴こえない
どこで間違えたのか
あの黄金も希望の歌も忘れてしまった
失くしてしまった

わたしは農夫になれなかった無能もの
真実を求め麦酒を飲み
言葉のなかで一粒の麦をさがして
酔いつぶれていくのだ


自由詩 一粒の麦よ Copyright 帆場蔵人 2018-10-31 22:32:11縦
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