空を飛ばない円盤
こたきひろし

敵の飛行機が一機だけ群れからはぐれてしまった
首都を爆撃するために幾千の機体が飛来した夜に

無差別に投下された焼夷弾は
街を容赦なく火の海にした

それは
幾千の渡り鳥が
幾千の糞をまいて飛んでいくのとは
比較にならなかった

地上には見事な地獄図がえがかれ、大量虐殺がいとも簡単に実行された
酷い殺人は
残酷と悲惨を演出し
焼けたただれた街は一夜にして瓦礫と灰に塗り替えられた

幾千の爆撃機の群れからなぜ一機だけはぐれたのか
解らない
もしかしたら
正体不明の何らかの力に
パイロットの脳が支配されてしまったのかもわからなった

パイロットが覚醒して正常な意識を取り戻した時
機体は攻撃目標の空から大きく外れてしまった
いつの間にか
月明かりに照らされた機影は大きな湖の上にあった

さなえは湖の近くに棲んでいた
棲む家には近年、他所の土地から嫁いできたが、夫は兵役に取られて南方の島に飛ばされてしまった
だが、大本営発表と異なり戦局は著しく悪化していた
既に本土の制空権は失われており、国家の敗戦は時間の問題であった

さなえは夫の両親に義弟を加えて四人でくらしていた
義弟は病弱が幸いして招集を免除されて家にいた。
だが周囲は、お国の役に立たない男として冷たい視線で捉えていた
義弟はその事から世間に引け目を強く感じている様子だった
そんな義弟をさなえは日頃から痛々しい思いで見ていた
夫とは体の契り何度か交わしていたが、心も体も馴染まない内に相手は戦争に持っていかれてしまった
義弟はやさしい男だったし、さなえとは年が近かった
それが災いを呼んでしまったかもしれない
家に二人きりになった時、つい魔が差してしまった
その時に作ってしまった秘密が、点火してしまったお互いの心と体の火の回りを加速させた

しかしそれは禁断の関係に何ら変わりはなかった
二人は人目をおそれ親にもばれないように
夜、静まり返ってから家を抜け出した
近くの湖岸に繋がれた小舟の上で声をひそめて語らいそしてお互いの体を重ねた
その夜
湖上の上で月が美しく浮かんでいた
その時
爆音が響き渡り
はぐれた敵の飛行機がいきなり降下してきた
同時に小舟に向けて機銃が発射された
それから高く上昇すると
空中で姿を消した







自由詩 空を飛ばない円盤 Copyright こたきひろし 2018-10-29 02:17:28
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