体温
ふじりゅう

「私の事を、愛さないで下さい」
帰らない山彦が
その吐息の密度を濃く 豊かに変えた
純白の寝室 貴方のつたう涙に、
少しだけ 少しだけでも触れたかった

微々たるくすみだけで
手入れの不行き届きの分かる
ゴミ箱や 目覚まし時計やら
一人暮らしには広すぎる部屋
女性らしく継ぎ接ぎの跡が目立たない
ズボンの端っこ いつやらか
ちらり ちろりと
懐かしい顔が 飛び出していた

思い出のシャワー
代え続けていたバケツや
徐々に徐々に栞を挟み
完成へ進むアルバムが
懐かしいだけの宝物になった、だから

後ろに自転車走らせる 登校時のルート
同じ匂いがする
帰り際に買ってたパンは
もう売ってすらいない
あの頃と違う いつの間にか嗜む
ブラックコーヒーと
君の前では見せられない
ケムリを買い足す

メビウスの輪を語る
倫理学の薄本に一瞥 、の後
硬直した君の 皮だけの頬に触れる
記憶の洪水が
世界と空間、や はたまた僕といった
いろいろな色々ないろいろな色々な
ものを決壊させて
貴方の言葉を千切る
精神と別離され 分子となった
唇へ そっと体温を合わせ

やけにリアリスティックな
耳打ちから逃れて
埃や 食べ遺した弁当が散らかる
色んな普通の生活を投げ置いた
部屋で 、 ぽ つ ん 、

栞をつまんで一葉一葉をぼけ・と眺めたり
徐に かつ 救われるように
手入れの必要のない唇を
さすり としたり
何故か笑顔で差し出された変テコなお土産だったりとか

その 様な物も のに しか、貴方 の
温もり が 宿 ってい ないと、知っ た。



自由詩 体温 Copyright ふじりゅう 2018-10-26 22:17:20
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