欲望
こたきひろし

いちめん垂れ籠めていたのは暗雲

学校が退けた
放課後の教室から誰も居なくなった
職員室から人の気配がなくなった

校舎の中は否応なしに暗くなってしまった
図書室の本棚から一冊が床に落ちても
誰も気づけない

窓がわずかに開いていたせいで
暗雲垂れ籠めた空の彼方から風が入ってくる
何ひとつ断りもなく
硝子が鳴く何の拘りもなく

辺りはひっそりと静まりかえる必要があった
床に落ちた文庫本の頁が風に捲れて
何の因果か、芥川龍之介が現れた
教科書に載っている写真のまんまだった
きっと漠然とした不安は増すばかりだったんだろう

彼は椅子に座り暫くの間はぼんやりと考え込んでいた
それから意を決して立ち上がり歩き出そうとした
その時に
いつから何処から来たのか解らないけれど
セーラー服を着た女の生徒が声をかけてきた
先生は何処へ行かれるんですか
聞かずとも答えは解っています

私は貴方の読者です。熱烈な読者ですから連れて行ってください
先生の行くところへ私も一緒に
いやでもついて行きます

二人は図書室を出て廊下を歩きそれから階段を最上階まで上って屋上に出た

翌日の新聞には一人分だけの短い記事が載っていたのは書くまでもない

自死は追い詰められた人間の
欲望の一つの形かもしれない


自由詩 欲望 Copyright こたきひろし 2018-09-18 23:30:40
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