片町書店へ / 悪戯電話をして
beebee

いつの間にか落ち込んで、本棚の隅に引っかかっていた文庫本を見
つけた。手に取って頁の目地に溜まった埃を払う。

金沢市片町1-1-23 07**−61−7950

古い住所のその本屋はまだ残っているのだろうか? ブックカバーに
印刷された住所と店名に懐かしさが込み上げて来た。遠い学生時代
の思い出が急に立ち上ってくる。
金沢市の目抜き通りに面したその書店は、スイング扉を押して入る
と季節は冬で、むっとした店内の温度と書籍独特の印刷と埃の匂い
がした。

頭を上げると立ち並んだ本棚に向かって文庫本を探す自分の姿が見
える気がした。振り向くと磨りガラス越しに黄色い光があって、通
りを走る車や人の流れが見える筈だ。

トゥルルルーー
トゥルルルーー

この電話は現在留守番電話になっております。ピーとなったらご伝
言をどうぞ。

ピー

久し振りに架けました。今日はお店は開いていますか?
片町書店を覗くのは、学生時代の僕の日課だったんです。
店員のAさんお元気ですか? また連絡します。

この留守番電話を聞いた人はきっと困り果てるだろう。30年前の
電話番号が今も鳴ったことが奇蹟だと思う。でも今は局番が一桁変
わっていた筈だった。全く違う人の番号が偶然鳴ったのは間違いな
かった。

すいません。白状すると、私は少し笑ってしまった。罪悪感よりも
ちょっとした悪戯に神様も許してくれるような気がしたのだ。

なんだか聞こえて来る音楽があって、誰か人の声や喧騒が聴こえて
来た気がした。黄色い幸せな光を超えて。




自由詩 片町書店へ / 悪戯電話をして Copyright beebee 2018-09-16 18:40:31
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