静かな電話
水宮うみ

彼は世界一静かに電話をかける。
彼が電話をかけるとき、何故かコール音も小さくなるので、ほとんどの人は、彼から電話がかかってきても気付かないだろうと思う。
だけど、わたしは電話に気付いた。ずっと耳を塞いできたわたしの心は、何故だか彼の声には耳を傾けた。
彼はわたしの心に世界一静かに電話をかける。
悲しみのなかで、夢のなかで、わたしと彼は話をした。
他愛もない、愛らしい話ばかりをした。例えば、無音より優しい音楽について。なぜ大切なのか分からない、大切な思い出について。なんだか眠れない夜の、楽しい過ごし方について。
騒々しい世界で生きていくことへの絶望が、彼と話すと和らぐようだった。彼の静かな声を聴くだけで、わたしの心は穏やかになれた。

少しずつ自分なりの過ごし方ができるようになり、自分で静けさを手に入れられるようになってきたある日、彼からの電話はピタリと止んだ。

だけど、わたしはもっと彼と話したいし、話す気満々だ。
なのでわたしのほうから毎日電話をかけている。
電話番号も知らないけれど。わたしの電話は、世界一静かとは言えないだろうけれど。
きっといつかは、つながるはずだ。


散文(批評随筆小説等) 静かな電話 Copyright 水宮うみ 2018-09-06 21:37:30
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