たぶんどちらでもいいことだけど
ホロウ・シカエルボク


卓上時計の刻みは前時代的で芝居がかっていた、造り物のオウムはけたたましい声で鳴き、そこに生命が無いことを殊更に訴えた、もちろんそんなことはどうしようもないことだった、オウムにも、俺にも…梁のように天井を横切っている鉄骨は溶けることのない氷山を連想させた、その赤色が船を思わせるせいかもしれない、ようそろ、と俺は小さく呟いてみた、誰も笑うことはなかった、けたたましく鳴いた偽物のオウムも、役割は終わったというように白けた調子で押し黙っていた、時刻はもうすぐ昼になるところで、カーテン越しに感じる外界は確かに晴れていたけれども、このところの天気はとても不安定で、俺はまだ外出しようかどうか悩んでいた、時代遅れの卓上時計と偽物のオウムの支配するこの部屋を抜け出して、偽物の幸せを謳歌する繁華街をぶらつこうかどうかと悩んでいた、そして結局少しだけ出ることにした、つまらない買物とつまらない用事がひとつずつあるのを思い出したからだ…どちらも今日である必要はなかった、だけど、今日のうちに済ませておかなければ次に思い出すのがいつなのか見当がつかなかった、だから今日のうちに片づけることにしたのだ、服を着替え、晴れてはいるがどこかじめついた夏のなかに繰り出す、夏休みはもう終わっていたけれどそのまま週末に差し掛かっていたので、そこいらを歩いている子供たちはまだ浮かれていた―そんなふうにただその日のことだけを考えて生きていられたのはいったいどのくらい前のことだろう?ある程度の歳をくったやつらはみんなそんなふうに考える、俺だってそうだ、でももう少し考えてみてくれ、あんたがまだ優しい世代のなかに居たころ、そいつはそんなにキラキラと輝いていたのかい?…俺はそんなことはなかったって言う、あのころは山ほどの明日を抱えていた代わりに、山ほどの未熟を背負わされていた、俺はそれが嫌いで仕方がなかった、そしてそれを他人のせいにしていた、少なくとも、そうだ、あのころ週末にキラキラと輝いていたとしても、それは、とりあえずなにも考える必要のない時間のなかにいるような気がしていたからに違いない、幼いということは馬鹿ではない、自分が幼いことを知っている人間は、そのことをより嫌悪するものだ、俺は実績のない自信を持たない、それは今だってそうだ、なにも成しえていないのに、王者のような態度を取ったりしない、それはたとえばとても金を持っているとか、なにかの賞を取ったとか、仕事で出世したとか…そういう出来合いの枠に自分を嵌め込むような価値観とはまるで関係のない話だ、俺はいつだってそんなものとは会釈を交わす程度のつきあいしかしてこなかった、それ以上そこに求めるべきことはないと判っていたからだ、気取りや自惚れなどではない、それは俺にとって、本当にそれ以上なにもない場所なのだ、俺が社会に出て一番最初に覚えたのは、そういう場所との距離の取りかただった、そうしたもののなかにどっぷりと浸かって、自分をひとかどのものだと勘違いするような人生なら生きない方がマシだと思ったからだ、だから俺はいまでも挨拶以外のことは上手く出来ないままだ、すれちがう人間のなかにはそんな俺を馬鹿にするものもいるけれど、俺はお仕着せのイズムを鵜呑みにして生きていけるほど馬鹿ではない…もちろんじかにそんなことを言い返したりしない、連中が一番得意なのは中身のない水掛け論だからだ、信じるものが自分のなかから出てきたものではないから、盲目的にそれを主張するしかないわけだ―なんて、くだらない観察をしながら用事を済ませて、一時間ほど散策して家に帰ると、唐突に空が曇り始め、俺は洗濯物を片付けた、それから風呂に入り、テレビ・ゲームを少し楽しんだ、子供のころはもっと楽しむことが出来た、いくらでも時間があったからだ、だけどそう、子供のころよりもはるかに上手くこなすことが出来る…物事なんてバランス良く進まないのが当たり前なのだ―それにいまはゲームのためのゲームではない、ゲームに没頭していると、考え事があれこれと捗る、そういうのって判るだろうか?目や指先をなにかに集中させて勝手に動かしていることで、頭はべつのことをしているのだ、俺はそういう感覚が凄く好きなのだ、おそらくいまはあまりゲームが好きなわけじゃない…いくらでも自由に楽しめるゲームで、同じことばかりしているからだ



夜になる、少しだけ詩を書く、歯を磨いたら眠る準備だ―時間を無駄にしていると思うだろうか?それは間違いだ、ほとんどの時間は無意味に過ぎて行くのが当たり前だからだ、眠っている時間を有意義だと思うだろうか?それはあらゆる人間があらゆる正解を持っている事柄だろう…大事なのは失われることを恐れないことだ






そうは思わないか?



自由詩 たぶんどちらでもいいことだけど Copyright ホロウ・シカエルボク 2018-09-02 22:47:23
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