平和のために自分たちに出来ることを"考える"
少年(しょーや)

小学生の頃、道徳の授業を使って「平和学習」という授業があった。

平和学習は数週間ほど続いた。
「はだしのゲン」のアニメのビデオを観たり、
実際に戦争を体験した人達の話を聞いたり、
給食のメニューが当時の食事を再現した「乾パンと牛乳」だけの日もあった。

一連の平和学習の締めくくりとして、
担任が一人ひとりに対して
「平和のために自分たちに出来ることを考えよう」
と、意見を求めてきた。

「人の悪口を言わないようにする」とか
「困っている人を助ける」というような
日頃の心がけのような意見もあったが、
一番数が多かったのは
「被爆した人達に千羽鶴や手紙を渡す」
というものだった。
それが判明した直後、従業終了のチャイムが鳴った。


それ以降、千羽鶴や手紙を用意するための時間は設けられなかった。


先生に催促しても「また今度な」と面倒くさそうに言われるだけだった。
小学生の子供に被爆者の居場所や連絡先なんて分かるはずもなく、
結局何も出来ずじまいで小学校を卒業した。

言葉通り
文字通り

「平和のために自分たちに出来ることを"考える"」だけ、で
あの授業は終わってしまった。


それ以来、大人が信じられなくなった。


考えることは第一歩ではあるけど、
その考えを元に動かないと何も変わらない。
何をすればどう変わるかなんて分からないけど、
考えがひらめいたからには、動きたい。
「戦争」や「平和」についてなんていう大きな事柄じゃないにしても、
"考えるだけ"で終わらせたくない。

1mmでも変わるなら、自分に出来る程度にでも……
それこそ
「人の悪口を言わないようにする」とか
「困っている人を助ける」というような
日頃の心がけ程度の考えだとしても、
動きたい。


自由詩 平和のために自分たちに出来ることを"考える" Copyright 少年(しょーや) 2018-08-15 23:40:57
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