とりどりのいき
田中修子

名も付けられぬとりどりの色をしている砂の文字列に埋もれて
やわい肉を縮めこませ
耳を塞ぎ
あなたに握りしめられればその途端
脆くパリンとわれてしまうような
うす青い貝になってしまいたいときがある

いびつな真珠 海岸に打ち上げられた心臓の、血管まで浮かび上がっている塩漬けのかたくて軽いクルミ 骨董屋さんで300円で買った花のような透きとおるガラスのプレート ヘンリー・ダーガーの画集

いま夢らしい夢から
すこし、そう二、三歩距離を置いたようにベビーベッドがあり
血が乳になり 久しく流したことのない涙のようにあふれ
あのひとは 母乳をあたえなかったが
きっと乳房の痛みを 父に隠れ うめいて職場でしぼりだしたことだろう

日日 何百枚も
恋人たちや 春をひさぐ女と春を買う男が ねむって
よごれたシーツを
中国人やベトナム人とにぎやかな怒声を交わしながら かえ
八階建てのビルの従業員階段をかけあがる きみ

何百枚も雪崩来るお皿を赤く腫れてボロボロになっていく手で
現実味をうしなうほどに洗っていたようなころがいちばん生きていた
金に換算されていく体の時間は濃くて

空想に埋没し 逃避するうす青い貝殻がうちがわとそとがわから破られて
赤く青く黄色く電球の
点滅するこの都市のなかに ぺたぺたと肉の足音を立てて
また肉体の壊れるように 鮮烈に 呼吸をし 衰えていきながら
生きる文字を綴る日が いつか来るだろうか


自由詩 とりどりのいき Copyright 田中修子 2018-07-24 15:13:07
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