手洟を擤む
はだいろ

「好きなことをしていない奴の顔は歪んでいる」
正確な引用ではないのだけれど、
山下洋輔の言葉だったと思う

それで、最近、朝、
歯をみがこうと鏡をのぞいてみて、
なんだか、自分の鼻がこう、
左のほうにこころもち曲がっているような気がする
ちょっと近づいてよく見ると、
やっぱり、曲がっているような気がするのだ


なりたくてなったサラリーマンではないのだけれど、
もう19年目なので、
それが向いていたか向いていなかったかなんて
言ってもしょうがなく、
朝、会社へ向かう重い足取りでいくら考えても、
振り返った人生に岐路などなく、
通った道はすべて一本道だったのだと気付かされるだけである。


そして、50歳も近くになってみると、
まるで、出世などしたいともしたくないともどうでもよく思っていたし、
実際どうでもよいはずなのに、
なんだか会社の扱いがとても冷たいことに思い当たってしまうと、
つくづく、
一般的な価値観の疫病のような染みが心に巣喰ってしまう。


とぼとぼと歩く。
住宅街の中に墓地があり、よく吠える飼い犬がいて、
角を曲がったあたりに、
僕の売ってしまったミニクーパーが停まっていて、
塀際のゴミ捨て場に着ている安物のスーツなんか脱ぎ捨て、
颯爽と乗り込み、
遠い青い空の下へ向かいエンジンをふかす、
なんて空想をしてみる。
けれど赤信号のなんて長いことか・・・


仕事はもう全然やる気がない
僕よりずっと優秀な人がいるのだから、それでいいのだ
竹中平蔵がどう考えているのか本当にはわからないけれど、
世の中、生産性の高い人間ばかりではないのは確かだと思う
だいたい、
(経済的に)生産性の高い人が、そうでない人より価値が高いなんて、
じゅうぶんに狂っている、と僕は何度も思う

そうは言っても
僕の鼻は曲がってしまった
気のせいかもしれないから、あまり鏡は見ないように
でも職場のきれいな女の人を見ても
たいしてときめかないのも本当のこと
最近僕の趣味は手洟をかむことだ
トイレでやるととっても気持ちがいい




自由詩 手洟を擤む Copyright はだいろ 2018-07-14 12:36:04
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