サボテンと砂袋たち
尾田和彦




仕事帰りにはいつもコンビニに寄る
たいていは
駅の近くにあるサークルKだが
サントリーのウォッカと明治のチョコレートを買い
帰りの電車を待つ何分かの間に
ストレスで固まった神経をアルコールと糖分で和らげるためだ

重たい砂袋のようになった体のどこかに
まるで
経年劣化できた
穴でも開いているようだった
反対側のホームのサラリーマンも
虚空をみつめながら
同様の思いでいるらしい

あいた穴からポタポタと零れるのものを
愛おしんでいるのだ
砂袋の中にできた生傷を
愛でているのだ
でなきゃこんな自虐的な生活のどこに
使命を抱くことなんかできるだろうか
ぼくはこの運命共同体の中に隠された哲学と理念に
人々が繋がっているとは思えなくなっていた

つまり都会は調子の狂った時計を回し続け
鉄とプラスティックの歯車の中に生物と無機物を同時に閉じ込める
牢獄かブラックホールのようなものになり下がり
そしてサボテンたちが血を滲ませながら歌う唄をも飲み込んでいくのだ
満員電車の中に詰め込まれた砂袋たちがつり革につかまって吐き出している泥土が唯一
思考を止めてしまった人間から吐き出された思考なのだ

隣の砂袋がぼくに話しかけてきた
ギリシャと中国のせいで
大損さ
ぼくは肩をすくめてウォッカとミルクチョコレートを口に含ませた
この島では
市場はもっとも信仰を集める宗教だ
神の値打ちを値踏みする砂袋たちも
ホームの縁を千鳥になって歩くサボテンも
JRの動く宗教施設に乗り込むと
まるで記憶を遡るように
都会の中心へ戻っていった

砂袋をナイフで切り裂くと
ギリシャの空とミルク色のチョコレートが
プラスティック製の時間とサボテンたちを乗せて
大阪の駅をすでに発射していた


自由詩 サボテンと砂袋たち Copyright 尾田和彦 2018-05-14 23:20:46
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