月光と手鏡
ヒヤシンス


 開け放した窓から月光が射している。
 音もなく、静かに。
 妻の持つ手鏡を覗き込むと、もはや私の顔は映らない。
 ただとても厳かに月の光だけが映っている。

 鏡の中の月はほんの少し黄色味を帯びている。
 窓の外の月を見る。
 白い。
 そんな死に化粧をしているかのようにしか映らない鏡は割ってしまえと妻に言う。

 妻の母から受け継いだ手鏡。
 妻の大切にしている手鏡。
 割れるはずないわ、と妻は言い、癇癪を起こした。

 俺はじきに死ぬのかな?妻に問う。
 きっと死ぬわ、妻は煙草に火を点けてそのまま俺の本の最終行に擦り付けた。
 永遠に結末を奪われた本が手鏡の中で月光と共に笑っているように見えた。
 

 

 
 


自由詩 月光と手鏡 Copyright ヒヤシンス 2018-05-12 03:24:23
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