完全体のためのプロト
ただのみきや

雨粒の一つ一つが水の惑星として多くの生命を宿している
ちょうど今日のような日に
水は忍び寄る 音楽に紛れて
耳の奥の貝を発芽させるために

アンモナイトが石の生を得るずっと前
いい陽気の朝だった
いくつもの夢に分かれた一つに
来るべき言語の時代とそれに続くであろう
イマジネーションによる以心伝心の世界を見た
概念的数の選択肢
同じ程度横やりを入る予測可能及び不可能な偶発的出来事
流砂のような個々数多の気まぐれ
要は遠大な過程を趣とする阿弥陀クジを
引いて辿ってみたくなり
乗り物を降りた
意識を
霧散するに委ねて

微小な生命の活動電流に時折なにかの印象だけ
伸びたり縮んだり
意識に満たない刺激が幾つも通り過ぎた
情報は蓄積され書き加えられる
殻を持った頭足類なんて夢のまた夢
SFにも登場しえない と まあ
今風に言えばそんな感じだったろうか
とにかく長い長い時間をかけて
やっと人類へと辿り着いた訳だ
彼らはひとりの赤ん坊のように言語を取得し
耳目口を他の動物と逆方向へ発達させながら
森羅万象すべてを言葉に置き換えようとする時代を迎えた
数値や記号に置き換えて行うコミュニケーションは加速し
次々に膨らんでは弾ける泡のよう
発するものが
意味や定義の三割にも満たなかったり
隙間から漏れて空になっても入れ物だけ残っていたり

だが壊れた言葉の殻に耳を当てて目を瞑れば
ちゃぷちゃぷ揺れる潮だまり 原初の海の
やはり形の持たない生命以前の意識の火花である
わたしたちの
ささやかな干渉が聞えるはず
言葉未満の囁き息づかい
ふだん足跡も異様すぎてそれとは気づかない
未知の獣が たった今
自分の意識の奥へと消えたかのよう 奇妙な
不安 喪失感 なんてねハハハ

既存の言葉を可能な限り工夫して暴き出し描き出し 
意識下の光に晒し客観視しようと努める
イメージを言葉に置き換えて伝え
伝えられた言葉からイメージを受け取ろうとする
そんな誤読と錯覚の時代はもうすぐ過ぎ去る
意志や感情 情報のすべてが言語によらず
イマジネーションにより以心伝心される時代が来る
以心伝心とは言ってもそこには
知られざる媒体としてわたしたちが在って
――こんな雨の日だ
雨に良く合う音楽をなどと選んでは
なにを想うでも聞くでもなくぼんやりしている時
耳からそっと忍び込む 音と静けさが溶け合う頃合いに
人の耳の中にはかつてわたしたちが好んで用いた
乗り物のアンモナイトを模った居心地の良い場所があり
静かにわたしという生命以前の意識の火花が
人に影響を及ぼしている
こうして今この一人の男が
自分の能力や限界などすっかり忘れ
言葉の瓦礫を積み上げながら
「完全体のためのプロトタイプ」
などと銘打っていることに矛盾を感じていないのだ

だが的外れなようで以外とそうでもない
絶望は新たな希望へ最も近い場所
石を積めば積むほど建物が崩れて往くだろう
設計そのものが狂っているのだ
心も体も言葉で出来ている訳ではないのだから
言葉にすればするほど
原初の海の感覚は枯渇する
あと数百年 数千年も待たずに
あの日わたしたち(わたし)が夢に見た時代が来る
こんな雨の日には
アンモナイトに乗ってついつい口笛なんか吹いてしまう
気づきはしないさ
せいぜい耳鳴り 気圧のせい そう思うのが関の山




                《完全体のためのプロト:2018年5月9日》










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