けれどたしかにそれはいつも暗示されている
ホロウ・シカエルボク


泥土に埋葬された口にしてはならない感情の骸たちをわざわざ、多大な労力と時間を費やしてお前は掘り起こした、その死体は肉のように腐敗することはないが無残なまでにおぞましく…デジタルデータのように原型を保ったまま蠢いていた、真夜中の墓暴きだ、お前のやっていることは…そんなものを掘り起こしてどうしようというのか、そこにどんな動機が、また意義が存在するというのか?まるで忌み嫌われる虫のようなものだ、お前の両の手のひらを埋め尽くしているものは…感情の在り方には限界がない、少しのヒントでそれは内奥に舞い戻る、お前はもう一度それを、現実として認識することが出来る…そんなことをしていったいなんになるというのだ、なにを好き好んで―お前はそれを食いもののように屠る、がふがふと家畜のように妙な呼吸をしながら…そいつの持つ意味については少なくともお前は理解しているのだろう、切羽詰まった様子を見ていると俺にだってそのぐらいのことは理解出来る、俺は少し結論を求めすぎるきらいがある…いいだろう、お前がそうすることによってなにを得ようと考えているのか…最後まで傍観してから話し始めるのも悪くはないだろう、ただし、語り部としての役目は果たさせてもらうけれど―つまり、お前との接触というものがそこに至るまでにまったく存在しないということを約束しよう、そういうことだ―お前は口いっぱいに頬張ったそれを、顔をしかめながら噛み砕き、磨り潰す、飲み込んで…喉を鳴らしながら…まるで鉄を飲み込んでいるみたいな痛みにのたうちながら…そいつを腹に収める、しばらくの間あえいでようやく正常な呼吸を取り戻すころには、お前はいくぶん老け込んだかのように見える、休息は長くは続かない、今度はお前の内臓が悲鳴を上げる、お前は腹を押さえ、うずくまり、挙句倒れる、脂汗を浮かべ…苦痛に顔をゆがめて…ちくしょうめ、とお前は叫ぶ、憎しみを滲ませながら…だがその憎しみはどこにも行く先がない…お前は目を見開いている、行先の判らないものに乗り込んだみたいに、目を見開いてどこか遠くを見ている、ああ、その目つき…どうしたというんだ、まるで、全身を刃物で貫かれたみたいに充血して…幼い頃に読んだ地獄の本に載っていた罪人にそっくりな目をしている、でもお前はきっとそんなことを認めたりはしないだろうから、口に出すのは今はよしておくことにするよ…飛び出さんばかりに見開かれている―なにが苦しいっていうんだよ、俺はあやうくそんなことを口走りそうになる、そうして恥じて黙る、そんなことは絶対にしないってほんの少し前に約束したばかりなのに―お前の四肢の震えは絶望に似ている、いや―もしも絶望に振付をつけるならきっとそういう風になるだろうと、そういう気がする…お前にはそんなものを味合わなければならないなにかがあるんだよ、きっと…でもそれを俺に聞こうなんて考えないでくれ、俺はただの傍観者であって、お前になにかしらの意見を言う立場の人間ではない、いや、そう望まれればそうすることだってある程度は出来るけれど…それを望まなかったのはお前だったのではなかったか?まあいい、そこにどんな選択肢があるにせよ、所詮助言なんてものに有難がるような価値なんてありはしないんだよ、それはひとつの確かな真実に違いないぜ、助言なんて愚かしいものさ、なあ、どうだい、つらそうだね、いっこうに楽になる気配がないようだ…どうしてそんなふうに俺の顔を見ている?お前はいま助けを求めているような目をしている、でもそれは俺とは関係のない話だぜ、お前の救いとは…俺にそれが持つ価値など理解出来るはずもないじゃないか?判るだろう、お前がなんのためにそれを喰らっているのか…その意味さえ俺には理解出来ていないんだ、掘り起こしたり、喰らったり、蒸し返したり、蘇生させたりすることにいったいどんな意味がある?一度死んでしまったものは、死んでしまったという以上の意味を持つことなんて決して出来ない、そんなこと俺が説明するまでもないことだと思わないか?―ああくそ、また無駄口を叩いてしまった、どうした、そんなに咽込んで…呼吸がし辛いのか?なあ、馬鹿な真似をしたよな、お前は本当に馬鹿な真似をしたよ、それとも己の精神を、肉体を過信し過ぎたのか?なあ、俺にはお前がもう長くないみたいに見えるよ、青ざめて、痙攣して…もはや俺に出来るのは冥福を祈ってやるくらいのことくらいかもしれない、だから安心しろ―なんてことはさすがに言えはしないけれど―ああ、お前自身が、泥土に埋もれていこうとしているのが見える、もはや、その場所にはもう誰も居なかったことになる、もうすぐ…。


自由詩 けれどたしかにそれはいつも暗示されている Copyright ホロウ・シカエルボク 2018-05-04 23:32:55縦
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