◎銀河の原罪
由木名緒美

引き裂かれた純白は紡いだ秘史
振り向く斜陽は
嘆きの夜を引き上げる
むせぶ人の片頬の躓きを藍色に包み抱いて

腐臭の眼に沈む夜
鈍刀は胎盤を貫き
血の海は溶岩流となって皮膚を焼いた
絶叫はお前の獣をあやしたか
その溜飲は奈落の淵に届いたか
傷みとは殴打する心悸の記憶
自我と彼我とを乖離させる岸壁への身投げ
内在を切り刻むことで 他者の依り代へ報復する
憧憬は堕ち、娼婦の凛々しさを慕い
逡巡が太腿を蒼白に染める

それは憂愁の兎だった 
無垢な黒目を涙で浸し
嗚咽に背を折り月を振り仰ぐ
縁故から断絶された慟哭の
水底に響く以心のさざなみ 
そのき声を宥めるために
      私はおずおずと浮揚した

垣間見えたのは雌雄のつかぬ貌
途絶えた悲嘆は来訪を拒むように
一瞬に深淵へと飛び込んだ
あぶくの渦流に虎視が陰影を蠢かせ
顕われたのは醜悪な牙
うつろの眼窩に憎悪を燃やす怪魚だった
混沌の幽玄を刺し貫くには
稚魚の乳歯はあまりに浅く
相剋の齟齬は永訣の理を歪ませる
濁流は猛り狂い背鰭を飲み込み
凌轢されるままに忘却する天地
お前が喰らった成層より深い憐憫は
幼さに依拠する自恃の蛮勇だったか
その歌声に魅入りさえしなければ
ひび割れた網膜も剥がさずに済んだのか

      なぜあなたは不条理を愛でながら
       沈黙の靄に眼差しだけを残すのか
        慈悲の化身であるというのなら
         その墓標をも示さぬ不在の形象を
          吐唾とつぶてに引摺り倒してよいか

屠られるのは浸食されゆく傍観であり
浮遊は改竄されゆく錯視のより糸
洞窟は最奥に魂の慄きを反響させ
呪詛は躰に纏う救済の藁となる

                地獄こそを示唆するのならば
                  永劫の罪業へと梯子を下ろせ

虚無にまどろむ座礁の浅瀬に
一房の花弁が舞い落ちる
花柱はみるみる雄々しく聳え
風にひるがえる岸辺の塔となり
たおやかさに威厳を秘匿して
それは少女の声音で謳い上げた

       「なぜ私は胎から出て死ななかったか
         腹から出た時に息絶えなかったか
          なぜ膝があって私を受けたのか 
           なぜ乳房があり私はそれを吸ったのか」*

業火の産み落としたたね
無為が抱き寄せた蜃気楼
やがて彼方から追随する雲海は
見果てぬ曙光を弁証する雷響となり
啼泣の雨は岩盤の瘡蓋をほとばかす
時は螺旋の周遊の深遠を遡り
海嘯が帰途の季節を告げる
光芒に怯える月影の遁走を仰ぎながら

悪が光を喰らうのならば
光の子は業を産み続けるか
受難をかしぐ舟に揺らげばいい
漂流の果てに着岸する佳境に
無謬の花房を見晴らすのだから
犠牲の鎖に繋がれることで
喜びの賛歌は喝采に言祝ぐか
怨嗟を酌み交わすために
憐情は惨劇を抱き寄せるのか
打つ者と打たれる者
光と陰は天秤となり揺れ動く
この目に焼き留めるのだ
踏みしめられるために結晶を結ぶ
黎明の懺悔に立ち上がる霜柱を

悲しみを知る者だけが辿り着く
無碑の桃源郷があるのならば
輪廻に見出す両輪の求心性は
共謀の終章として彗星に刻印される


お前が跨いだ灼熱の業火は
飛び火させなければ贖え得ない
ならばその系譜を紐解くがいい
泉に影を現わせてくれたなら
必ずや繋ぎとめてみせよう
哀れな幻獣が切望したものは
肯定の僅かな安息ではなかったか
お前が擦り抜けた罪業を
身代りにしてこの胸に烙(お)せ
憤怒と嗚咽を継ぎ代えながら
手放すべき桎梏の花を摘み
万物にさやぐ万華鏡の宙の元
優月に還すべき玉兔の落涙は
あらゆる汚辱さえ淘汰する美しさで
銀河に磔られた原罪の起源を揺り起こしていく










自由詩 ◎銀河の原罪 Copyright 由木名緒美 2018-05-04 11:31:26縦
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