n番目のおかゆ
Seia

解熱剤はきかなかった
静かな熱
夜が明ける手前
雲の形が認識できるまで
寝返りを打つ体力も残っていない
生まれてから
今さっき
窓にぶつかって落ちた
カナブンのことまで
順番に思い出していた
そのうちに
眠れるかもしれないと
お湯を入れすぎた
カップスープくらいの期待を込めて

薄い記憶が仇になろうとは
今まで考えもしなかった
圧縮してしまったら
数ヶ月で事足りてしまうのではなかろうかという
イベントの少なさ
昨日食べた
ビーフシチューとバゲットの
味と匂いの解像度を上げて
丁寧に思い出さないと
もうそろそろカナブンが飛びだしてしまう

忘れているだけなのだろうともおもう
今まで食べたトマトの数も
失くしたリップクリームの本数も
USBの裏表を指し間違えた回数も
人生のイベントとしては
プリントアウトされなかった
ハードディスクの奥深く
フォルダ階層の底で
音も立てずカウントされていくのだ

とおくで
始発列車の音がする
結局眠気はこなかった
枕と首の間から
水分子が蒸発していくのがわかる
静かな熱は静かなまま
ゆるやかな下り坂にさしかかる

今日一日
どうやって過ごそうかと考える
固まってしまった筋肉が笑いながら
上半身を起こしてみる
どうせなら
記憶に残るような
フラグを立ててみたいものの
この身体ではどうにも
人生で一番美味しい
おかゆをつくることしか
いまのところ思いつかない
冷蔵庫に梅干しでもはいっていれば
梅がゆにするぐらいは
許されるだろうか


自由詩 n番目のおかゆ Copyright Seia 2018-04-29 21:38:50
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