とある男の独白詩
TAP

久しく恋をしてないな
誰も愛せなくなったのか
空の器は底に亀裂が走っている
いくら水を注いでも満たされることはない

プレゼントされた銀色のシガレットケース。気恥ずかしくって、一度も使わなかった。男はね、みんな見栄っ張りなんだよ。囃し立てられるのが嫌なのさ。けれど君の前では使ってあげれば良かったな。僕はずいぶん無神経な奴だ。

久しくお喋りしてないな
友達がいなくなったのか
耳鳴りがきんきん唸っている
手で耳を覆っても鳴りやむことはない

打算的な人付き合いばかりしてきた。あの人達の輪に入っておけば、安泰だとか。話題についていくために渋面をつくって流行りのお笑い番組を見ていたよ。無理をするのをやめた時、僕はまっさきにテレビを捨てた。

久しく外に出てないな
太陽を嫌いになったのか
悪臭を放つ水槽の中で金魚が死んでいる
いまさら水を換えても蘇ることはない

快適といえばそうなんだ。誰かに傷つけられることもないし、誰かを傷つけてしまうこともない。次第に感情がのっぺりしてきて、何も感じなくなったみたい。寂しいとか、哀しいとか、そういう気持ち、僕は忘れたな。

心が荒んでしまったね とは、よく言われたけれど
心がなくなってしまったね とは、まだ言われていない


自由詩 とある男の独白詩 Copyright TAP 2018-04-27 12:50:23
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