ほんとうに言いたかったのはたぶんそんなことじゃなくて
ホロウ・シカエルボク



レディオヘッドのあとでぼくたちは
おもちゃの拳銃でたがいの心臓を撃ち抜いた
それで賞味期限はおわり
ぼくらのあいだにあったものは神さまへと返品処理された
不思議よね、と彼女が
「こんなに簡単なことがどうしていままで出来なかったのかしら?」
ぼくは当然
返事をしたいような気分じゃなかったのだけれど
返事をしないことで彼女が調子に乗るのが嫌だったので
簡単なことさ、と世間話のように言った
シンスケ・ナカムラは今度こそベルトを獲るだろう、そんな話をするみたいに
ぼくがわざとそんなふうに話していることを
彼女はきっと気づいていただろうけど
「簡単なことが出来るようになるまでにこれだけの時間が必要だった、それだけさ」
それはわりに上手い言い方だと思った、まだ思春期がなみなみと注がれていたころの
レオス・カラックスの映画みたいだった
上手過ぎて気に入らないくらいだった
ふん、と彼女は中立的な調子で鼻を鳴らした
「あなたははじめてわたしを納得させるようなことを言ったわ」
ふん、とぼくは自嘲的に鼻を鳴らした
「それを言えるまでにいままでの時間が必要だったのさ」
彼女はそのとき確かにノーと言いたそうな顔をしたけれど
そこには寸前でとどめなければならないなにかがあったようだった
それからぼくたちはさほど親しくない知人みたいに天気の話を少しして
彼女は長距離バスに乗るためのトランクを抱えて出て行った
霧が叩きつけられているようなじめついた夜だった
ぼくは窓の側に椅子を持って行って
もう二度とこちらを振り向かない背中を眺めた
それからラジオでどうでもいい音楽を聴いて
まるでどんな出来事も起こらなかったみたいに大きな欠伸をしてから眠った
そう、確かに
エンドロールがすべて終わったのだ
客電がついて
空っぽの椅子だけが残った
ぼくのスクリーンには
厚みのある幕が引かれた
まるで
器用なめくらになったみたいだった


自由詩 ほんとうに言いたかったのはたぶんそんなことじゃなくて Copyright ホロウ・シカエルボク 2018-04-25 00:41:10
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