鉄塔
まーつん

小高い丘に
鉄塔が立っている

周辺の家々に
電気を送る為なのだろうが
今はもう使われていない

住む人も絶えた
この地域には
もういらなくなった

このあたりに
ポツリポツリと散在する家屋は
窓に板が打ち付けられたり
門の周りに張られたロープに
「売家」という札が下がっていたり

どの窓も、みな暗い
割れていも、いなくても
光を失った目が、私を見つめ返す

気持ちのいい筈の
晴れ渡った五月の空の下に
裸の骨組みを押し付ける鉄の墓標と
取り払われた黒い電線、失った絆

だが
私は見た
鉄塔の端々から
何かが風に翻っているのを

それらは
光る布のように見えた
蒼穹に誘われた主婦の手で干された
洗濯物のように

鉄塔のあちらこちらに結わえられ
時折、ピカリピカリと光の信号を送りながら
音もなくはためいているのだ


旅行鞄を傍らにおろし
それらを見あげていると
私の脳裏にひらめくものがあった

どこかの家の芝生の上で
笑いの弾けた子供の顔や
夕暮れ時、なだらかに蛇行する土手の坂を
歩み去っていく女子高生の
小さな背中が

そうした
見知らぬ情景にまとわりつく
懐かしさが私を当惑させた

卓越しに微笑んでくる
おばあちゃんの笑顔
畳の上ですねる子供の
への字に曲がった唇

見知らぬ人々の日常を撮影した
記憶のフィルムの
ワンカット、ワンカットが
私の心に押し入ってくる

頭を振って
目をしばたかせながら
再び空を見上げると

今、一羽のカラスが
嘴に誰かの記憶をはためかせて
鉄塔に舞い戻ってきた

そして
キラキラと光るその布きれを
遥か高みの一角にある鉄骨の繋ぎ目に
器用に結わえつけている

ああ、そうかと私は腑に落ちた
ある種のカラスには、
光る物を集める習性がある

どこかの子供が公園に置き忘れた
ビー玉とか
うっかり者のポケットから落ちた
キーホルダーとか

あのカラスは
今はもうここにはいない人々が
日々の営みのなかでなくしてしまった
思い出を集めてきているのだ、と
楽しさや、切なさが伴い、
滑らかなシルクのように
美しい輝きを放つ記憶を

もしかしたら、あのカラスは
花嫁を探している若い雄で
どこかの雌の気を惹くために、
変わった光物で
巣を飾っているのかも

鳥の生活など知らないが、
私は勝手にそう解釈した

鳥の小さなシルエットと
恐竜の遺骨を思わせる
鉄塔の威容

だが小さな生き物が
せっせと飾り立てることで
鉄骨は、ただ虚しいだけの
何かではなくなった

私は、芝生に腰を下ろした

景色のパノラマを見渡しながら
旅路に疲れた足を地べたに投げ出し
煙草に火をつけた


カラスよ、
私の思い出は盗むなよ

大して輝いてもいないし、
そう多くもないのだから

だが
鳥のお前にも分かることに
私は今、気が付いたよ

ささやかではあっても
幸福な思い出だけが

人が持ちうる
色褪せない宝なのだと


自由詩 鉄塔 Copyright まーつん 2018-04-04 11:25:55
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