四郎ちゃん
もり


ガキのころ 鼻をほじっていたら そんなほじりよったら あんた、サブちゃんになるでえ とよく注意され サブちゃんは目指すべき人間ではないと思っていた そしたら すごいひとじゃないか 高尾に引っ越してきて より思う
あのとき 鼻をほじりつづけて
いたら おれも今ごろは北島四郎ちゃんとして 売れっ子になっていたかもしれない

大人はいつも おれらの健やかな成長を本気で願っているのか?と 疑問に思うようなことを言ってくる
いい学校を出て いい仕事について いい嫁さんをもらったひとが 精神を病んだりしている

親が禁止するものは
だいたい 実は 底ぬけに
楽しいものだった
夜更かし 二度寝 三度寝
四度寝 真夜中に寿司を食うこと 飲酒 喫煙 繁華街 ビニ本
けんか

おれは夜更かしして
左手で鼻をほじり
右手でケータイの
画面を見ながら
タバコをくわえていた
ああ、何というぜいたく
田舎を出てきて ほら
もはや
誰の目を気にすることもない

しかし
今から サブちゃんに
なるためには
おれは おそらく
キタサンブラック以上に
強い大穴を見つけねばなるまい 大穴を 鼻の穴だけに

ホジホジ ホジホジ・・・

いつの間にか 眠ってしまって
いた おれは
朝起きると
鼻の穴 そのものになっていた
ほじりまくって 拡張された
どでかい鼻の穴
黒くて丸い
底なしブラックホールの
ようなものが
鏡の前で存在していた

おれの時代がきた、と一瞬思ったが 考えは甘かった
まず移動が転がるほかないし
飲食ともに 鼻の穴なので
むせた
タバコも吸えない
北島四郎への道は険しかった
親のあれやこれやの小言が
悔しいけれど身にしみる
────

助けて・・ください
気がつくとおれは
ミシュラン三ツ星の
世界一ひとが登る山
高尾山の 真夜中の
登山口にいた
そしてケーブルカー乗り場に
ひっそりとたたずむ
北島サブちゃんの
銅像に 必死で謝っていた

「どうか、お願いいたします
私の鼻の穴を元どおり おもどしください」

サブちゃんの銅像はしばらくの沈黙ののち 口を開いた

「暗くてよく見えないんだが
よかろう。わざわざここまで
来てくれたんだ 私もイメージを崩したくない」

「ただ、そのまま小さくするだけではおまえは
またこのことを忘れるだろう」

「だから 小さな鼻の穴のようなほくろを そのあご先につけよう そしてそこから鼻毛のように毛を伸ばそう」

「その毛を刈るたびに、今日という日を思い出せ」

「ありがとうございます・・」

サブちゃんは
銅像もかっこよかった
おれは あご先の
ほくろとほくろ毛を受け入れ
それ以外は元の姿に戻り
わりと平凡な暮らしをするようになった
世間のいう 健やかな毎日を

鏡の前でたまに思い出す
笑うサブちゃんの鼻の穴に
吸いこまれそうになった
あのときの
胸の鼓動を


自由詩 四郎ちゃん Copyright もり 2018-02-19 01:33:48
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