一人の世界
ヒヤシンス


 僕は僕の書斎でもうしばらく忘れ去られていた小箱を眺めている。
 小箱の蓋には何かで削られたような痕が残っていた。
 その時、ふっと風が吹いた。 
 壁に架かる絵画の中で少女がブランコに乗って静かに揺れた。

 窓辺に置いたクレマチスは青い吐息のようだった。
 午前の風は爽やかな香りを僕に届けた。
 テーブルには淹れたての珈琲と小さな箱。
 壁の少女は微笑みながらブランコを揺らしている。

 さあ、そろそろ時間だよ。
 僕の足元にシャムが寄って来て小声で囁いた。
 僕はいつしか大きな愛と幸福に包まれていたあの頃へ戻っていた。

 小さな僕の前で箱は開けられた。
 中には僕の夢と沢山の思い出が入っていた。
 母が星になった夜、僕は蓋に刻まれた母という文字を消したんだ。
 


自由詩 一人の世界 Copyright ヒヤシンス 2018-02-17 04:32:24
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