バースデイ
ヤスヒロ ハル

誰もいない映画館

静寂味のポップコーンは無矛盾

映画泥棒は来ない

荒れ気味の画像に3カウント


見慣れた女性に抱かれた

地球儀のような赤ん坊が

見慣れた男性に

頬をそっとつつかれている


ほんのり色のついたサイレント

映写機の音だけが

じりじりと漂う

私はポップコーンを頬張りながら

私の生が上映されることを

予感している


意に反して

赤ん坊の私の映像の次は

両親が生まれたとき

それから

祖父母が生まれたとき

曾祖父母が、と

倍々で史実を遡っていく

不思議なことに

スクリーンは一度にいくつもの画を

重ねて見せてくれる

最後は

真っくろけになり

映写機の光が

埃を輝かせ


暗転


再び地球儀の私が写し出され

父親の指を掴んだり放したりしている

続いて、私の娘が生まれた日

おそらく娘が子供を生む日

さらにその子に子供が生まれた日

その子の子の子が未来的な施設で

子供を生む日

こちらは画面が重ならず

粛々と進んでゆく


走馬灯って、未来も見えるっけ

などとぼんやり考えていると

ロケットが地球に落ちたような

刺激

私はいよいよ覚悟する

妻は平気かな、再婚するかな

娘にはどうも将来

男の子ができるらしいな

まだ幼いのにな

両親は怒るかな、悲しむかな

未来の走馬灯は、少しだけ安心できて

良いな

友人や、甥っ子や

職場の仲間や

インターネットだけの知り合いは

その後もなんとか幸せに

やっていくのかな

私のいない世界が

どこまでも続いていくのかな

ご先祖様達がいない今を

私たちが駆け抜けたように

私のいない世界が

どこまでも続いていくのかな

どうか、お元気で

言葉にだけは気をつけて。

無矛盾のポップコーンは無くなってきた

私は先に行くね

皆、達者でね

心残りもあるけれど

幸せだったよ

じゃ、またね


私は席をたつ
防音扉が重い
静寂の味が
鼻腔に残っている



自由詩 バースデイ Copyright ヤスヒロ ハル 2018-02-13 00:47:47縦
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