スフィンクス
ただのみきや

希望よ どこへ往く
おまえが描いた絵空事
道端に落書きされた
こどものチョーク絵さながらの
夢と理想の地図を
おまえの弟 失望が
炎の姿で追いかける
めらめら尻を炙られて
煙も目に染みようが
おまえはお構いなし
昔の地図などさっさと忘れ
振り向くことなどありはしない
目の前に広がる果てしない
白紙の未来に夢中になって
約束事で埋めて往く
神の啓示さながらに
おのれの夢を先走らせて
ただただ地図を描いては
飽きることもない
後に残るものはいつも
焼け焦げた不毛の地
末の弟 絶望ばかり
地球を幾つ周った
いったい時代を幾つ
おまえが飽くことのないばかりに
世界は今も夢を見続け
炎の中からの叫びは尽きず
不毛の心を生み続けている
希望よ 一体どこへ


スフィンクスは問う
ムーサから教わった謎を
ムーサは文芸を司る女神たち
別の国ではミューズと呼ばれている
本当は謎なんて
なんだって良かったのだ
答が 「人間」 なら
この世に生まれ出ることの幸いと悲哀
弱々しくも愛らしい姿から
成長して自ら立つことの力強さ独立心
いつしか 傲りと錯覚
なにもかも自らの手で成し遂げられると
運命は必ずや開けるものと
だがやがて活力は引き潮のように去って
未来は冬の落日のように弱々しく
呆気にとられて縋る瞳を眩惑しながら
闇へと置き去りにする


人間でなければ
神託も運命も恐れはしなかった
人間でなければ
父親殺しも母親との結婚も
起こりはしなかったし
起きても悩みはしなかった
現実以上の理想を求めず
未来を思い描きもせずに
ひたすら今の満足を求め
満足すれば眠る
思い煩うこともなければ
心咎めることもない


「人間」 それが答
謎なんてどうでも良かったのだ
ミューズたちはただ
鏡を覗かせたかった
「人間」という答を見出させたかったのだ
聖と邪 善と悪
喜びと 悲しみ
運命と 不条理
希望と失望そして絶望
永遠への憧憬
争い 殺意 憎しみ
恥も 躊躇いも 後悔も
満ち足りることのない欲求
知識も 誇りも 傲りも
芸術も文学も
狂気も
すべては人間のもの
人間から出でて
人間ゆえに在る


時代が移り変わり
謎が変わろうと
問が変わろうと
今もミューズから教わった
言葉を
奇怪な姿で投げかける
スフィンクスたちは
「人間」という答えを聞くと
死にたくなるのだろう
こだまが返るように
幾重にも
共振を呼び起こし
湖水はあふれ
命のダムが決壊して
死にたくなるのだろう
飽くなき希望と絶望
捨てることも忘れることも儘ならず
憎んでも 憎んでも
愛さずにはいられない
「人間」
鏡に映ったその姿に




              《スフィンクス:2018年2月10日》













自由詩 スフィンクス Copyright ただのみきや 2018-02-10 20:48:52縦
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