気球
「ま」の字

  1 ある青年

この強力なバーナーから騰がる炎の熱を蓄えた
おおきな布袋ふたいで空にのぼるのだ
「トーキョーだかニッポンだか知りませんが
ぼくには十世紀まえの遺跡です」
点在する草叢くさむらを背に
青年は意気軒昂だ
目的地はどこだと尋ねると
やはり此処と似たうす蒼い遺跡だという
(え?)

ここは臨海地域のふるい都市だった
錆びた重機といくつものビルが立ちならぶ湾岸から
崩れた烽火台が いまも点々とみえている
民はほぼ絶え
王と王女がさいごを暮らしたという宮殿が
このすぐさきにのこっている

君の
旧ぼけた技術てくのろじによる
懐古のゆめ
どうするのだ
燃料、衣料、食糧は?
むこうでの水は、住居は?
そこには何もありはしない
このゆめは 君の
たんなる悲惨な日常だ

わからないひとですね この旅に
そんな思惑の見込みの、あるわけないでしょ
だれの人生だって
目算だのリクツなんぞあるはずが!
私はつい おおきな声をあげてしまう



  2 青年の願望うた

へたりこみ
吹きさらしの木乃伊みいらみたいになってるんだ僕は。
ゴンドラのしたは収拾なく湖沼がちらばり ざらざらとながれ
そこを抜ければ
こんどは来る日も来る日も
赤茶けた岩が剥き出した台地が続く
やがて朝日に 塩の湖がかがやきだす時分には
ゴンドラのすみで固くなった脳裏に
みしらぬ者らの記憶が
しろく なつかしく
映りつづけていることだろう

「ほら 遠くで文字が降っています
「よそごとです
 追いついては ほしくもないです



  3 小旅行


行楽地で見かけるような ちいさな気球だ
ゴンドラから
手を振るわたしたちの姿がのぞいている

ひとときの遊覧は
ほんの目と鼻のさきの 
旧跡めざす小旅行
ほほえましい光景
ほほえましい人びと
そうして
とびたった気球の下を
雄大な紅葉にふちどられた湖沼がながれてゆく
ざらざら、ざらざら
凄いはやさで
ながされてゆく
滔々と
人などどこにも住んでいない
さむい
もの凄くはやい さむい 

手をふるわたし、わたし、わたし、たち

たすけて
たすけて

さけんでいるようにもみえる

わたし、たち


自由詩 気球 Copyright 「ま」の字 2018-02-04 21:08:13縦
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