そしてリビングには少しだけ埃が積りはじめている
ホロウ・シカエルボク


欲望には名前がない、お前は、ガチガチに隆起した生臭い陰茎に幾重もの上等な理性の衣類をかぶせて、空咳みたいな微笑みを顔に張り付かせて表通りを闊歩している、慎重に計算された分だけ良く出来た嘘は真実より信じやすい、狡猾だと信じ切っているお前の手口は、巷の醜悪なファッション雑誌のバランスを欠いたコラージュみたいなクサレ○○○を釣り上げるには申し分のないシロモノさ、そう、キャンディを思う存分飲み込みたくて涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしていたあの頃から、実際お前はなにひとつ進歩してはいないんだ、百科事典はどんなに頑張ったって枕にはなりっこない、夢の見方さえ満足に知らないままで、成りだけ大きくなっちまった、ご自慢のアイデンティティはすべて摘み食いで仕上がっただけのものさ、消化不良な生臭い本能が口を開くたびに漂ってくるぜ、気づいたことがないんだろ、お前のアドバンテージはいつだって、誰よりもエアコンのスイッチを入れるのが早いとか、そういった類のことばっかりさ、そんな小競り合いの数々で手に入れたトロフィーがそんなに誇らしいのか、リビングの飾り棚のいちばんおいしいところに、ピカピカに磨き上げて陳列したりなんかしちゃってさ、神棚よりも気を使ってるじゃないか、お前の信仰はきっと年端もいかないうちから、資本主義にカマ掘られてガバガバになっちまってるんだ、だからあっという間に排便が片付くんだな、いつでも若干詰まり気味の俺にはまったく羨ましい限りだよ、だからいつでもそんなに腹を減らしているんだな、なんでもいいからとにかく極限まで詰め込みたくてうずうずしてるくせに、浅ましいやつだと思われたくなくて、毎晩一流ホテルの展望レストランなんかに出かけていっちゃあ、運ばれてきた気取った盛り付けの料理を片っ端から吸い込んでいくんだ、味も判らないくせになるほどみたいな顔をしながら高い酒を飲んで、いかにも満足げな態度でクレジットカードを差し出すときには、軽いジョークなんか口にしちゃってさ、心配ないんだ、お前は知っているんだ、そういう場所では誰もお前の言うことを邪険になんかしないって、なあ、まるで、たいして腹も減ってないのに退屈しのぎに飯を食いに来たみたいだぜ、それで面子は保てたんだよな?さあ、それからどうする?外はもうすっかり暗くなっている、ネオンの下を進行する欲望の軍隊の中では、誰もお前のことなんかに注意を払ったりなんかしない、下らない女が伝線したストッキングを見せびらかしながら、時間幾らでお前を王様だと思わせてくれる店に入って、自分の名前も判らないほど前後不覚に陥って、気づいたときには窓のないホテルのじめついたベッドの上で、魔法が解け始めたシンデレラと大鼾をかいている、ああ、そのベッド、そのベッドには、不特定多数の絶頂がたっぷりと染み込んでいる、時計を見るともう午前様、女を起こしてシャワーを浴びて服を着て、嘘ばかりの個人情報を渡して腕を組んで部屋を出る、女を先にタクシーに乗せてやり、自分はどこかで捕まえて、妻と子供が待っている高級タワーマンションに帰ると、当然のごとく二人はもう眠っていて、軽い食事がキッチンのテーブルに並べられている、レンジにも入れずに素早くたいらげてシンクに置くと、その日することはもうなにもない、キッチンの明かりを落とし、洗面で歯を磨く、規則的なブラシの音を聞きながらこちらをじっと見ているうつろな目に気づくとき、お前は初めて少しだけ虚しい気分になる。


自由詩 そしてリビングには少しだけ埃が積りはじめている Copyright ホロウ・シカエルボク 2018-01-28 21:54:41縦
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