宮内緑


玄関の小窓から積もっていく雪をみていた
ポーチに雀がやってきて、しばらく隅っこをつついて
また雪の中へ飛び立っていった
常夜灯の下に埃のように干からびていた夏の羽虫は
箒の手をかりることなく、冬に消え果てた


   ***

それは天邪鬼のすることだと、少年は叱られていた
窓を開けたままにしていたのを母にみつかってしまったのだ
へやの中はすっかり冷えてしまっている
たしかに南の平野部では雪が舞うことすらめずらしい
ましてや大通りまでも雪にうもれた景色など
少年はほとんど見たことがなかった
遊びつくして夕間暮れ、少年は長靴の雪をはらい、話もほどほどに
自室へもどると、外をうかがい窓をそっと開けたのだった
いつまでもはしゃいでいたい気持ちはわかるけれどもと
母は子の気持ちを推し量ったつもりでいう

肘笠雨のようなものだった
鬼の面をやむなくかぶる母をおもい林檎色のほっぺは神妙に揺れている
ふいに節分の鬼を思い出し、あわてて唇を結ぶ
けれどもこの大雪はどうだろう
隣家の屋根雪をすくいあげて吹雪はすさぶ
少年はもう片方の心で雪の冷たさをおもった
あかぎれの奥へしみ入るような冷たさをおもった
少年は知っていたのだ

   ***

夜更けをすぎて舞いはじめたものが、朝にはすっかり吹雪いていた
いまではどこを翔けても白一面、おきにいりの地べたは雪の下だ
こうなるとひとり身をこごめ、どこかで風雪をしのぐほかない

そんな場所すら少なくなったよと
留鳥たちの不平を幾度きいたことだろう
いったいこの国はいつから乏しさを求めるようになったのか
あの古老すずめの悲嘆がよみがえる
かれは笹葉のしとねに沈んで、よい時節に旅立ったものだ
この大雪に凍えなくてすんだのだから

今夜は幾らかの仲間が翼を永久とわにとざすだろう
幸い我が身は寒さを凌げる宿を得た
軒は深く、庇のふところ、風の滞留する場所
ここにはなぜか食べ物まで転がっている
仲間たちにはもうしわけないけれど

この冬を無事に乗り越えたなら、つぎはさえずりの季節だ
そんな希望だけをたよりに残り火をまもっていると
からからからと小さな音がして、人の子がそろりと頭を出す
子はくるくると首を回してこちらを見つける
こちらは凝視められ、ばつがわるそうに身動ぎすると
子はそっと首を引っ込めた からから窓も閉じ忘れて
風はすさび雪は舞い、洩れる灯はきらきらと結晶に宿った
窓は夕餉の匂いが消える頃まであいていた


                      (2014年冬)


自由詩Copyright 宮内緑 2018-01-24 21:44:51
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