ことの終わりの理
ただのみきや

絆は悲鳴を上げる
壊れたオルガンから吹いてくる
冷たい無言の侵食に
皮膚は乾いて剥がれ落ち
ざらついた土壁が顕わになった
隠れたところから見ている
目が
衝突してこすり付けられている
見たくなかったから
目は見ることをやめなかった
言葉はもう言葉ではなかった
裏返った傘があばらを晒すよう
握ったまま濡れても手放せず
為す術もなく翻弄され
やがて心も一緒に水に溶けた
より低くより暗い方へ
誘われる粘菌のごとく
月の満ち欠けより遅く早く
たなびく青い布を遠く想う
他人のものだとつくづく思う


麻袋を被って数十年窒息したまま
32分音符に裏打ちされた唇は
ゆったりと見えたことだろう
錐揉みに入るその時まで
支えもなくただ風を切り続けた
鳥の顔色など誰も見分けがつかないように
与えられたフロアーを
踊るような軽やかさで
不器用な人形使いとマリオネット
どちらがどちらか解らなくなるほど働いて
足元の紅いぬめり
断末魔のアザラシがのたうちまわったような跡
透明な
押しつぶされた魂の軌跡
今は人形が人形をブラブラさせている
動かなくなった
笑ってもらえなくなった
人形はいつも笑っている
怒りと悲しみの酒樽の
いつでも噴き出す濁った火の酒が
空になるまで笑う
空にしたくてスパッと笑う


金槌は流れ星
スカラベ色の輝く瞳
大空を舞っていた鷲は
道端の小さな野の花に捕食された
それまで己の好色に気づけなかった
物事を白と黒でしか見ていなかったから
自分を殺す者はいつか自分に殺される
触れるものは塵芥ちりあくた
人生は灰
冷たい火掻き棒でかき混ぜて
ふるえる火種を拾う朝
灰の中から掴む手があった
臆病な猫の足が交差するように
思考は感覚と本能の間で密封され
懐中時計の正確さで遅れて往く
蓋の開かないロケットの写真
大切な誰かの
思い出せないあの顔が
醜悪に老けて往く
光が完全に遮断された部屋の
他愛も無い地獄


ミイラ化するための
神が賜った猶予だと思った
誰かが戸を開けると光の繊維が絡まって
チクチクするからとても
醜い笑顔を向けてしまう
親切は悪魔
優しさは拷問
いくつもブーメランが刺さったまま
皮を剥ぐ時間こそがとても神聖なのだと
信じて彼らは救われた
語り落ちる葉ひとつ積もることもなく
飛ばされた火の片にふれる者もいない
この瞳に跳ねる鳥の声すら幻聴で
真実はただパイルドライバーの響き
骨の外か内かわからないところで
修正液が破裂する
手紙が読めない夢
鋭い出っ張りのあるドアノブで裂ける掌
感触だけが痛みもなく繰り返され
――ほら レコードが飛んだ
追いかける子供は
獣の声だ
注入される液状の夜
ミジンコの群れが点滅しながら
見惚れるようなキノコ雲になる
罪名のあやふやな死刑宣告にもリズムがあって
片言のフランス語で歌う自由の
関節ひとつ短い指先が
娼婦の冷たい胎に赤ん坊を素描するように
素早くターンしながら像はぶれ
あたかも偶然と運命に分かれているような
一人二役の無言の投石が
頭を砕く刹那
煌めく噴水に纏わって限りなく
静止へと近づいた蝶の紅い翅
その見開いた四つ目から
見つめていたのだろう
白い名刺一枚
あった気がする手の中にいまも




              《ことの終わりのことわり:2018年1月8日》










自由詩 ことの終わりの理 Copyright ただのみきや 2018-01-13 19:00:39縦
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