神保町の酒場にて
服部 剛

夜のカウンターは、自由

グラスを傾け
黙するも
語らうも

頬の赤らむ頃
脳内は緩やかに時を巡り
僕は世界に、恋をする

僕は形見に包まれて
白い肌着は
幼稚園の頃の先生の亡き夫のもの
ブルーのYシャツは
空の上の詩人の恩師で
きつねのネクタイは
体の無い○○さん

隣の空席に
昨年の夏に旅立った
同居の義父の酒に酔う
面影は浮かび
語らいたく…なってくる

――なんだか僕は
  体の透けた人々に囲まれて
  不思議な気分の今宵です

  グーデンベルグの革命
  以来の
  印刷革命を成した
  お義父とうさん、

  あなたの求めた浪漫に
  今夜僕は、気づき始めた

  初めて行った文藝家の集いで
  ワイングラスを手に
  <心の宿る名刺>を静かにばら撒いて
  人と人の間に
  細く光るえにしの糸を
  密かに育み始めたことを
  お義父さんに、呟き
  
  (レトロな店内に
   「愛の賛歌」は流れ始める)

  思えば
  結婚前の嫁さんが僕を紹介した
  あの日のサイゼリアの長椅子に
  あなたは、引っくり返りましたね

  今年の僕はぽーかーふぇいすの面持ちで
  静かな炎の人になり
  通り過ぎた誰かが
  幸いにも
  引っくり返るやも…知れぬ

そんな青写真を
脳内のスクリーンに浮かべ

カウンターに肘をつき
目を瞑り
只、耳を澄ます
我が胸に、繰り返す  

心臓の音  






自由詩 神保町の酒場にて Copyright 服部 剛 2018-01-10 00:42:21
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