土の魚
ただのみきや

魚は形を失った
こっそり棚から取ろうと背伸びした
幼子の小さな掌から
するりと逃げ出したのだ
釉薬ゆうやくで青みを帯びて
濡れたような
しなやかな生の動態を
無言で秘めて微動だにしないまま
飛び込んだ
鏡のように凪いだ床へ
――硬い 鈍い響き
残ったものは陶器の破片と
しゃくりあげる 小さな顔


時は見えない神の作業台
人の目には不動の岩も
侵食され削られて往く
雨風の鑿槌のみつち
寒暑のたがね
塵となり降り積もっては
やがて粘土層へ


山裾で青草を纏い眠っていたのだ
鳥や虫たちの歌にあやされながら
ある日ざっくりと大地から抜き取られ
あたかも一塊の生を得た如く

――あたかも? そう
    全ては人の心の投影


定まらない形の在り様に
冷え冷えとしながら
震え悶える術もない 
 ただ在って
自分を見つめる目も持たず
  内に 
 外に 
  欹てて
沈黙の中に沈黙を
幾重にも孕みながら


    捏ねられる
 しなやかに
二つの手が
十本の指が
  自分でありながら自分の届かない
 そこ へと
      深く 強く 
差し込まれ
  ひしゃげ果て
    ぎゅっ と 締め上げられ
        捏ねられて
   吐き出した
純粋さへ
  練られながら
    くたびれ果て
      強度への
        下地は培われた


土で造られた魚は
水の中からではなく
火の中からやって来た
腹からでも卵からでもなく
想像と創造の力から生まれ出た
だから夢の中で出会うような
時を止めた青い輝きで
静かに語りかけたのだろう
幼子の魂へ 原初の海へ


魚よ 土塊から生まれ
土塊へと還る 魚よ
これら神の真似事を愛する人々をどうか
猿の子孫とは呼ばないで
その呼び名は
猿の真似事を好む人々へ




                《土の魚:2017年12月30日》













自由詩 土の魚 Copyright ただのみきや 2017-12-30 20:03:10
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