血の騒ぎ
吉岡ペペロ

岩田は白田が主宰する同郷人会とは距離を置いていた。
もう親は鬼籍に入っていたから、故郷などもう自分にはどうでもいいような気がしていた。それと自分の後見人になってくれている親父さんが、この同郷人会を嫌っていたことも理由のひとつだった。
高校時代の部活の同窓会に出掛けていったのが運のつき、そこには岩田の母校とはなんの関係もない白田と彼が率いる同郷人会の連中が来ていた。
うす気味悪いやつらだ。強いとか上手いとか、よく練習をするとか、勝つことにストイックだとか、そんなことは人格とはまったく関係がない。その見本のような連中だ。
岩田の後見人は変人で頑なで味方もいたが敵も多かった。性格は悪かったが、人格はこいつらより遥かに高い。
岩田はそれを悲しいと思うのだった。
二次会に無理やり引っ張られて、カラオケスナックのその席で、白田は郷里の言葉で岩田に説教をはじめた。
このひとときが彼の目的だったのだ。
内容といえば岩田の後見人である親父の悪口。くだらない。白田のことも、彼の説教に真剣にうつむいて耳を傾けている日田や鶴田のことも、岩田は憐れだと思った。
白田や日田や鶴田は、経歴にしてもいまの立場にしてもじぶんよりもよっぽど立派だ。なのに憐れだ。
岩田はため息のかわりに、ついスマホを触った。白田の説教がとまって、岩田はしまったと思った。
それに気づいたのは、岩田のよこで頭をさげ白田の説教を聞いていた日田だった。岩田はディスプレイを指で拭くようなそぶりをみせたが、それが余計だった。
日田が声を荒げた。
四五発顔を張られたあと、岩田の頭に衝撃があった。とっさに両手で頭をおさえた。
鼻血が出たような気がした。岩田は日田に硬いもので殴られつづけながら、これで帰れるかなとホッともしていた。
手のひらが血だらけなのがわかる。岩田の分厚い手の甲に、硬いものが打ち付けられてはそれが滑っているような感触がある。
こいつらは憐れだ。憐れと悲しいはちがう。
じぶんはどっちだろう。
白田がやめろと言うまで日田は暴力をやめないだろう。憐れはいやだ。こいつらも悲しいのかも知れない。こいつらのことを悲しいなんて思いたくない。
岩田は朦朧としてテーブルに突っ伏した。
日田を白田がとめた。
やっぱりこいつらは憐れだ。幾人かにからだを支えられながら、岩田は店をでて、狭いエレベータのなかで、こいつらのことを一瞬でも悲しいと思ったことを消し去りたくて、じぶんの胸を鷲掴んだ。
流血が染みた手から生ぐさい錆びた匂いがする。それは憐れでも悲しいでもない、騒がしい血の匂いだ。





自由詩 血の騒ぎ Copyright 吉岡ペペロ 2017-12-29 20:47:40
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