時間外
ただのみきや

冬の遅い日の出に染められた雲
青白い夢間の悲しみに落ちた火種
見上げても見上げてもただ冷たく
網膜に暗い紫の影を落としては
眼孔から骨の隅々まで音叉のように
十二月の痺れを伝えるだけ


球根を植える季節をやり過ごす
巣立って間もない雀たちのお喋りが埋め尽くした
悩みの日には自分の顔は自分で描くものだ
球根を植えることは種子を植えることとは違う
人によく似た何者かの切断されたトルソ
小さく円みを帯びた肉塊の夢
春にはすらりとした腕や脚そして
瑞々しく華やいだ顔が伸びる
陽炎の揺らめく眼差しで
翼を切られたコウモリが光の中でのたうつように
法則と意思に引き裂かれて零れだした青いインク
歌はどこか古びて新しい横顔のよう
プランターの土にどろどろ溶けて往く
在りし日のわたしの夢


かつてわたしたちは互いの冷たい体に穴を開け
釣り糸を垂らして目を瞑り
魚信に全神経を欹てた
盲目故に見つめ合い
肌よりも深いところで感じては
反応し 明滅し
過剰なほど盛りつけた
知られない底なしの餓えが
己が魂の空白の金型で
成型した互いの姿を愛していた
やがて服を着せられた飼い犬のように
鼻を鳴らしてすり寄っては
狂ったように吠え合って
互いが互いを
ペットにしたり飼い主にしたり
心地悪さに依存して


二本の絡み合った釣り糸を垂らして
青い鳥が釣れるのを待つ暮らしには
純粋な愛か純粋な諦めのどちらかが必要で
自らに純粋さを課すことは死を
相手に純粋さを課すことは関係の破綻を
もたらすのであろう人は不純物の集合体であり
その主成分すらおぼつかないそれこそが
何ら自由にはならない自由の本分であって
理想も思想も正義も悪も
あとから自分好みに色を塗っただけ
泥人形同士のお化粧自慢に過ぎない
などと思いつくまま適当に言い放ち
わたしは釣り糸を切った


埠頭を咀嚼する海の眠たげなお喋り
あまりにもゆっくり滑空するカモメの目配せ
糸も針もない釣り竿に
意味があろうと無かろうと
全てのものが意味を放棄した世界で
一瞬飛んだ記憶の中にあったであろう調和こそ
後から幸福だったと思わせる幽霊の軌跡のよう
すなわち偶然と錯覚と感情の
はだけた人間性の
剥がれ落ちたメッキの
哀しい微笑みの偶像であり
ぶるぶる震える腸をぶれない言葉に置き換えようと
葛藤している理性を誘拐した
アダムスキー型UFOの大広間で
テキーラを注いでくれた白い
水着の似合う女の子の右目に映り込む
いま起ころうとする事件の犯人として
糸を切るわたしも
ひどく冷たい朝に詩を書いていたのだ
かつては一人の人として


九才の頃昼寝をしていると
壁掛け時計が顔の上に落ちて来た
地震があった訳でもなくただ
時間に鼻っ柱を殴られたあの日から
繰り返し訪れる時の白波の切っ先が
血まみれにした
不条理な笑いの堆積を
脳天から真っ二つに引き裂いて
湯気を上げながら遠ざかって往く
連結された言葉たち




              《時間外:2017年12月23日》










自由詩 時間外 Copyright ただのみきや 2017-12-24 00:25:31
notebook Home 戻る  過去 未来