十二月の本
石瀬琳々

十二月の本を静かにひらく
革表紙を少し湿らせて
窓の外には雨が降っている
雫が滴り落ちる またひとつずつ
わたしの頬にこぼれた涙 どこかで流したはずの涙
向こう側にすこしずつ落ちて
波紋を浮かべる遙かなみずうみになって


十二月の本の向こうに
裸木が一本雪原に佇んでいる
誰かの目印になるように
いつか森になることを夢見るように
白い素足で走る森 あなたがまるくなって眠る森
夢のなかで抱きしめていた
ひるがえる梢があなたであるように


十二月の本は音もなくひろがる
凍った空に鳥が一羽飛んでゆく
すべてを越えて届くように
わたしの胸に線を引くように
風を切る翼は遠い 
思う心も願いもきっと彼方にあるようで


十二月の本にいつしか囚われて
ガラスのなかの一途な世界
閉じ込められて 飾られてなお
あえかな羽毛の祝福で覆われる
あなたを埋めてゆく わたしを埋めてゆく冷たい愛撫
一瞬でくずおれる何か
触れられそうで触れられない永遠に似て


十二月の本がゆっくり閉じる
何枚もの扉のそのうちがわに
ただひとつのものがたりを隠しながら
鼓動は同調するだろう ふたたびの
鐘の音のように 
口ずさむ韻律のようにひそやかに




自由詩 十二月の本 Copyright 石瀬琳々 2017-12-17 10:23:08縦
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