Airport
宮木理人

木製のテーブルの上に、陶器のカップが置かれる時に鳴る、固くて温もりのある音がひとつ鳴って、向かいの席に座る君が、同じくカップを置こうとして、ふたつ目のその音が鳴ろうとするその間に、どこかの空港では大きな旅客機が、コンクリートの滑走路に着陸して、機内を揺らしながら減速をはじめている。機内には、番号とアルファベットで割り振られたそれぞれの人生がすし詰めにされていて、飛行機が完全に停止すると、客室乗務員が火を吹いて、機長は裸踊りをはじめる。そしてひとしきり踊ったあと、ゆっくりと着替えて、パチンコへ出かけていった。
それなのにテーブルに向かい合うおれらの人生は、どこにも割り振られることはなく、静かで穏やかに、そして未だに君のカップは着陸できないまま、なにかトラブルでも発生したかのように、テーブルの上をしばらく旋回しながら、そして結局はテーブルに置かれることのないまま、全てを飲み干してしまった。

ぞろぞろと降りていく客たちは、ぐるぐると回るベルトコンアーの前で、がらがらと出てくるそれぞれの荷物たちをじろじろと眺め、先ほど火を吹いた客室乗務員は、灯油の量が基準よりもオーバーしていたらしく、機内を降ろされ爆弾処理班に降格させられた。

そして、自分の荷物が最後まで出てくることがなかった客は、その爆弾処理班が処理できなかった爆弾の処理班に任命されている。自分の荷物を真っすぐに受け取れた人物だけが、無事に家やホテルに辿り着き、こうして大切な人とテーブルに向かい合いながら、コーヒーを片手に会話をすることができる。だけれどなんだか、おれらのほうが、処理しなければならないものが多いのではないのか。

テーブルの上のカップをわざと倒して、中のコーヒーをぶちまけてみる。
広がったコーヒーが新しい世界地図のような形になった。
この世界のどこかの空港で今、爆弾が爆発したことを想像する。

君はいつの間にか席を立って鞄に荷物を詰め込みはじめ、パスポートを確認しているが、いや、ちょっと待ってくれ、おれは今、たった今、長い旅を終えて、ようやくここに帰って来たばかりだというのに。
テーブルの上では先ほど倒した陶器のカップが転がって、床に落ちて割れそうになったところを、間一髪でキャッチして、ギリギリセーフ、と思ったその瞬間、おれの口からは、真っ黒で芳醇な香りのコーヒー豆が、フィーバーしたパチンコ台のようにじゃらじゃらと溢れ出し、目はチカチカと光って、カップのなかにじゃらじゃらと注がれて、ぼろぼろと零れだし、テーブルの下ではその零れ落ちたコーヒー豆に、無数の小さな機長たちがアリのように群がっていて、君はすっかり準備を済ませて大きなカバンを引きずりながら、おれの姿に構う事無く、そっけなく、家の玄関から出て行き、おれはいってらっしゃいも言えないまんま、じゃらじゃらと、溢れるカップに豆を注ぎ続けて、足下の小さな機長を払いのけながら、目をチカチカとさせ、繰り返し、繰り返し、じゃらじゃらと、していて、




自由詩 Airport Copyright 宮木理人 2017-12-13 03:42:35
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