貝塚 より
沼谷香澄

思い出は命を熔かし手作りの花嫁衣装虫食いており

断片に身体を残す死に方をすると必ず鬼になれるよ

諍いの理由を述べよ(1)領土(2)種の保存(3)好きだから

戦いを始めるための罠ならば田舎に暮らす猫だって張る

絶命の理由を述べよ(1)戦死(2)闘病死(3)気が向いて

願わくは畳の上で昼死なんあまた子孫に看取られながら
抱き合って発掘された、貝塚の一組の男女めお
現物はガラスケースに、現場にはレプリカひとつ、
かたわれは中年男、あいかたは少女の風情、
いつから 一緒にいたか、いつまで 一緒にいるか、
頑丈な墓ではなくて、地位高い人でもなくて、
ノーマルな土葬であれば、骨さえも残らぬものを、
今もなおこの地に産す、あり余る貝のまなかに、
干潟から離れた丘の、日の当たる乾いた土地に、
日の下にゆるく抱き合う、この二人誰の意志にて、
愛し合う形ばかりが、このように葬られたか、
このよに永らえたのか、関係は今も判らずと、
銘板は言葉少なに、人骨の由来を示す、
美しき人の心を、伝えゆく手段はあるか、
たとえば 恋愛悲劇、二時間分の言葉を使い、
時々に再現されて、時々の人の心を、
それぞれにうごかしてゆく、書になれば形に残り、
大切に蔵に置かれる、ふりかえり骨みおろせば、
在るままに形は残り、言葉は 風化してゆく、
私には確信がある、必ずや男のほうが、女への殉死であろう、
合葬というのだろうか、みまかりし人を目守まもりて、
どこまでもゆく決意もて、墓穴に身を入れたのだ、
抱き返さない腕を抱いて、
見上げない頭をなでて、
大切な顔を庇って、いるのであろう。

ヨブ記による反歌

われなに氣力ちからありてかなほたん黒く残れる皐月の雪を

たすけなきはなしえきなきことばもて辯論あげつらはんはたのしもよ、夢

初出:Tongue12号(終刊) 2005年2月11日  原文縦書 


短歌 貝塚 より Copyright 沼谷香澄 2017-11-25 21:23:04
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