源田湯
鶴橋からの便り


鶴橋の町で五〇年 湯を炊いてきた
百草湯の源田のおやじが 今年亡くなった
あれは夏の午後
「湯を炊く」と言い残して赤十字病院で息を引きとった
おやじは享年七七歳
銭湯が寂れる中 おやじはいい時に死んだのかも知れない

おやじの炊く湯は 半端なく熱かった
一度湯に入ると身動きできなかった
身体がジンジンにしびれ 額からは汗が流れ落ちた
この湯が鬱の僕には好みだった
湯から出て 溢れ流れる全身の汗を感じていると
心の奥にたまった鉛のような不安が消えていった
それはどんな精神安定剤や抗うつ剤より効いた

「いい湯だったか」
おやじは風呂上り いつも僕に語りかけた
その語調はまるで扇風機の風のように
僕の身体と精神を扇いでくれた
コーヒー牛乳を飲み干し
銭湯から出る時
「ありがとう」と番台からのおやじの声は
「明日も生きろよ」と僕の心に快く響いた


自由詩 源田湯 Copyright 鶴橋からの便り 2017-11-22 14:57:00
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