見たこともない町
宮木理人

彼はおもむろに、誰もが見たことのない缶ジュースを誰もが見た事もない飲み方で飲み干した。
ぼくは越してきたばかりで早く友達を作りたいと思い、彼が見せてくれたそのアグレッシブな飲み方に多少大げさなリアクションで驚きの表情を見せた。が、彼はいたって冷静にそれを受け流し、彼だけでなく同じ場にいた彼の母親も、兄弟も同じく一切の無表情で、それどころか皆次々とさらに新しい飲み方を披露した。

一番上の兄は青いカルピスをベンチプレスで自己新記録を出しながら飲み、その下の弟は化石が浮かぶ紅茶を社交ダンスを踊りながら飲んだ。その下の妹は宙に浮かぶミルクを床に叩き付けてから飲み、母親は3mあるコーヒーにふとんを干しながら、コーヒー色に染まるふとんの端をちゅーちゅー吸いながら飲んだ。

次はお前の番だ、と言われて星形のコーラを渡され、皆にじっと見つめられた。
あっけにとられて思わずプルタブを引き、まずは落ち着く為に一口、普通に飲んでみた。喉が渇いていたこともあってすごく美味しく感じられ、結局最後まで普通に飲み干してしまった。皆に見られながら飲むのが少し緊張したせいか、途中で少しむせたりもしたが、周りのみんなはそんなぼくを見つめながら、「逆にそれが新しいのきゃもね…」と言って少し哀しそうに笑った。

見たこともないもので溢れる、見たこともない町へ来た。
つまりはこの町では誰もが見た事の無いものばかりを生み出し、誰もが見た事の無いやりかたで消費していくことが日々のルールとして課されているらしい。皆が皆のまだ見た事のないものをクリエイトし、さらにそれを見たこのないやり方で消費する。
新しさが新しさで更新され、この町の人々は皆、新鮮な濁流に飲み込まれている労働者と化していた。見た事のないものを、皆が見飽きていた。
常に新しくないといけないという考え自体が既に古くなり、それにこだわり続けるお固い役人たちは、頭をやわらかくすることしか能がない。それは紛れもなく、見た事もない光景だということを、ぼくは誰にも言うことができなかった。



自由詩 見たこともない町 Copyright 宮木理人 2017-11-19 01:49:49
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