地球
こたきひろし

まだ
夜は明けていなかった
上野駅の構内
入り口に近いを通路の隅にござをひいて
その上に正座をしていた
極寒の早朝とは思えない身なりをした老人が
手を合わせていっしんに
お経を唱えていた

いったい何の真似だろう
そんな事をして
この世界に
一粒でもおおく
信仰の種でも蒔くつもりだろうか

何も変わらない
何も変えられない
世界には悪意が充ちているし
弱者は虐待を繰り返されてる
ばかりだ

なのに
どうして
老人はお経を唱えるのか

その内に老人の側に
いかつい体の若い男がやって来た
「気味悪いからやめてくれ」
最初の一言は柔らかく言った
耳をかさない老人に二言目はきつくなった
「聞こえてないのかくそ爺」
それでも老人はお経をやめなかった

若い男は簡単に切れた
激しい暴力を老人に加えた
老人の顔面は腫れ上がり
血が流れ出した

若い男は警察の取り調べに
殺すつもりはなかったし
あれくらいでまさか死ぬとは思わなかった

供述したらしい

惨劇の一部始終を
僕は怖くて傍観していた

僕の心に言葉にならない
暗黒の染みができて
広がった


自由詩 地球 Copyright こたきひろし 2017-11-17 12:49:02
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