断崖
こたきひろし

一寸先も闇だった
夜空から月も星も剥がれ落ちて
真っ暗な闇のなかに
いきなりサムライが現れて
刀を抜いてきた

人通りの絶えた道で
先を急いでいた商人は
足止めされて
殺気に身を構えた

商人に身を落としてはいるが
実はサムライの子供だった
父親から学んだ剣の技は相当のものだが
まだ人を斬り殺したことはなかった

父親は同輩と些細な事から争いを起こし
相手を斬殺して藩から出奔した
家は断絶
母親は自害した

男は生きる為に刀を捨てて
算盤に替えた
商家の娘と恋仲になり
婿入りした

夜道で斬りかかってきたのは
サムライを捨てられないで辻斬りになった男だった
商人は日頃から護身用に懐に短刀を隠していた
それを抜いて素早く相手の急所を刺し貫いた

道端に倒れこんだ辻斬りは苦悶の果てに
動かなくなった
死んだのをたしかめてから商人は
死人の懐から財布を奪いとって
闇のなかに消えていった


自由詩 断崖 Copyright こたきひろし 2017-11-15 21:00:12
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