おじいちゃんの密談
鶴橋からの便り

「正治、俺は天皇陛下殺しに行くで」と
僕に話しかけてきた
そのおじいちゃんの話を聞き
「今は警備が厳しいから
警備が緩くなったら教えるわ」と答えた
おじいちゃんは
「わかった、正治」と言って
心地よい眠りについた

おじいちゃんは若い頃
徴兵され中国戦線に派遣されていた
万里の長城を占領するために
飢えをしのぎ
泥水を飲み
おたまじゃくしを食べた
四三二名の部隊の生存者は一三名だったという

そして敗戦
戦後おじいちゃんは
二度と国に使われたくないと
軍人恩給を拒否した

僕の記憶の中のおじいちゃんは
孫にとって
優しい人間だった
いっしょに銭湯に行くと
湯場を出る前に
僕の耳の中に入っている水を
唇で吸いとってくれた

そのおじいちゃん唇には
昨日、部屋でこけた傷跡があり
いつも歩行用ステッキを握りしめ
布団の中で怯え小刻みに動いている
医者には認知症だと聞かされていた

ふと目覚めたおじいちゃんは
「正治、今日はどうや」と聞いた
「おじいちゃん、今日は無理や」と
僕とおじいちゃんの密談が終わった

それの一カ月後
昭和天皇が亡くなった


自由詩 おじいちゃんの密談 Copyright 鶴橋からの便り 2017-11-15 12:59:57
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