天国を待ちながら、だけどこの身体の居心地もまんざら捨てたもんじゃない
ホロウ・シカエルボク


おれの周辺には
死刑囚の心情みたいな沈黙が堆積していた
それはぱっと見には
湧水のように床から滲み出たもののように見えたが
出処はそこではなく間違いなく余所にあった
マーク・ボランの
まるで酔っぱらっているような発声
こいつはまるで氷の下から叫んでいるようなボーカリストだ

大学ノートにのたうつ蛇みたいな詩の羅列
どうしてそれが書かれたのかは声に出してみなければわからない
おれは真夜中に
自分が生まれたわけを模索していく
アナログ・スタイルを模した往生際の悪いデジタル時計が
「誰もそんな時間に起きていようとはしていない」と
言葉を縫い付けるおれを小馬鹿にしている
窓の外は不自然に明るい
この窓には街灯が近過ぎるのだ

椅子に身体を預けて
目を開けたままとめどない夢を見る
おれはピッケルを手にして
途方もない氷山の頂上を目指している
大真面目に
温度が上がれば溶けてしまうようなものに
到達するような価値はあるだろうか
疑問符が拭えるわけではないが
だからといって足が止まるようなこともない
砕けた氷が風に乗って顔に降りかかる
それは脳まで入り込んでまだ生まれていない言葉に奇妙なアクセントを残す

ロックンロールが表現するものは本当に激しさだろうか
おれには哀しみのように思える
囁くようなジャズに殺意が隠れているように感じるのと同様に
意識的にゆっくりと瞬きをする
効果も知らないまじないを唱えるように何度も
いまだ首筋に絡みついたままのアドレセンスが
ほんの少しだけ呼吸を不完全にしているみたいな気がする
一日のいちばんなにもない時間が永遠に続くみたいに思えるとき
腐敗した思春期が左胸から剥がれ落ちる
萎れた花弁が茎からこぼれるように
それはどこかの洞穴のなかで聞こえるはるか先で起こった崩落のように
重くくぐもった響きを伴って足元に落ちる

アァ、イエー、イエー
シャウトするボーカリストとまぐわう二匹の蛇のようなギターソロ
音符を越えた音の連なりにこの限られた空間は切り刻まれていく
空間の裂傷は見えない血を吹き上げて
おれは騙されているような血塗れに仕立て上げられる
それはいったいどんなものの生命なのか
わからぬまま衣服は浸食されていく、そして、おそらくは
催眠によって起こる同調のようにその切り口の疼きを知っているおれの心情までもが

臨終の床で
「美しい人生だった」と目を潤ませながら成仏なんかしたくない
「タブレットを寄こせ、紙と鉛筆でもいい」と喚きながら
新しい一行を書きながらくたばりたい
いつからか汚すことがおれの業となったから
みじめに齧りつきながら息絶えたい
いつかには書くものすべてが遺書になればいいと思っていた
いまでは明日に続くセンテンスであればいいと思いながら書いている

長い時間をかけてたどり着いた氷山の頂上で疲れ果てたおれは居眠りをしてしまう
おれの体温で溶けた氷は垂直におれを飲み込んでいく
目覚めたときにはおれは氷山の腹のあたりにいて
果てしない頭上に穴が開いている
ピッケルは頂上に取り残されている、酷い話だ
氷山のなかにいるとあたりは白夜のように明るい
けっして届かぬ出口を見上げながら
こんな物語をむかし読んだことがあったなと思う
でもそれがなんというタイトルなのかまるで思い出せない
そんなにマイナーな作家の本じゃなかったはずだけど(やれやれ、とぼくは思う)
それからのときは早回しのように過ぎる
きっとどんな動きもそこには存在しないせいだ
明るすぎる朝と暗すぎる夜を何度見送っただろう
ある太陽が暑すぎた午後に
おれを孕んだ氷はゆっくりと溶け始める、このまますべてが溶けてしまったら、とおれは考える
膨大な水によって二度と帰れないところまで流されてしまうかもしれない、そんな恐怖が
じわじわと緩んでいく拘束によって押し寄せてくる
結論から言えばそれは取り越し苦労というやつで
少しずつ溶けていった氷にはそんな勢いはなく
おれはその場にぼつんと置きざられただけだった、あの瞬間の気持ちを
どんなふうに語ればいいだろう、あの瞬間の気持ちを
包まれたものが取り払われたときの
自由と絶望が高密度で絡み合った抽象画のような心を

窓の外の街灯がその夜の役目を終える
明けきらぬ朝が照らす窓はあの夢の景色によく似ている





自由詩 天国を待ちながら、だけどこの身体の居心地もまんざら捨てたもんじゃない Copyright ホロウ・シカエルボク 2017-10-30 23:57:08縦
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