白髪の朝
ただのみきや

手稲山の頂辺りに白いものが見える
――書置き 今朝早く来て行ったのだ
見つめる瞳に来るべき冬が映り込む
雲間の薄青い空
氷水に浸した剃刀をそっと置かれたみたいに
張り詰めて でもどこか 痺れて遠くなる
一年が老いて往く
艶やかに紅葉を纏いながら白髪を増して
一年二年と数える人もまた老いる
季節の回廊を巡りながら


レコードが回る 繰り返される歌声に
頬杖をついて 煙を見つめるような素振り
どこをどう巡り歩いて来たのだろう
会ったこともない昔のシンガーの歌声を何年も
酒みたいに空気みたいに
猫みたいに抱いたり無視したり
馴染み過ぎている
老いることもない時の止まった声
こっちはすっかり白髪も増えたというのに


青年期と変わらず 否それ以上に
絶えずイラついて噛みつきたい衝動と
そんなこと全く介さず他人事のように
生の収束と来るべき死をぼんやり眺めた
冬というよりは春を待つような心持ちが
不可分だけれどはっきり層を成して
流れを下っている


とある庭先の薄紅の薔薇が芯まで凍え
微笑みすら死の接吻のよう
振り向く日差しに弛むこともなく褪せ
縁から濁って往く
容姿はゆっくりと損なわれるもの
香りが 色彩が みなぎる花びらの張りが
静かに燃えていた見えざる命の炎が
ある時を境に微かな熾の残り火のよう
ただ冷めて 失われて往く 
美を競いあった蝶たちも落葉に埋もれ見分けられない
それぞれがそれぞれでありながら
誰かの夢の一節のように


手稲山の頂辺りに白いものが見える
季節はゆっくり早足で
待つ者には勿体付けて嫌がる者の寝込みを襲う
やがて裸の樹々は黒々と叫び踊る女たちのように
吹雪のベール纏うだろう
冬の歌声は鎮魂歌ではなく
消え去る生の灯の祝い歌 一瞬激しく震え
吹き消される誕生日のキャンドルにも似て
生は死によって全うされる その死に
春こそが手向けの花
野晒しに塵芥と化したものたちのため
祭儀の原型として


幾つ目かは数えられても残り幾つかは数えられない
白髪は増えるばかり あの山のようで
あの山よりも遥かにおぼろ一介の人に過ぎず
いまだ体温を惜しむ ほどけつつある命よ




               《白髪の朝:2017年10月18日》













自由詩 白髪の朝 Copyright ただのみきや 2017-10-18 21:42:24縦
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