夢描写、三度目
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 夕暮れ時に、私は、その駅に降り立った。
 海に近いらしく、磯のにおいがする。駅前の目抜き通りは、さびれていて、シャッター商店街とはこのことか、と思う。閉まったシャッターには、落書きが目立つ。それでも、開けている店はポツリポツリとあり、その中のひとつに、自動車修理工場がある。
「やあ、おかえり」
 そう言った者がいて、見ると、弟である。
「BXは、きっちり整備しておいたよ」
 くたびれた青いつなぎを着た弟がボンネットを撫でているのは、ベージュのシトロエンBXである。
 私は、懐かしい気持ちにとらわれる。
「おお、これは、おれが乗っていたクルマだな。でもなぜベージュなんだい? 白かっただろ?」
「この町は、埃っぽくて、白い物もこんな風になっちまうんだよ」
「そうか、それはそれでいいな。映画で観たパリのタクシーみたいで、カッコいいじゃん」
 弟を助手席に乗せ、BXを運転し、海岸通りに出る。海の波は穏やかだが、町工場の廃液が流れ込んでいるようで、鉛色。
「きたねー海だな」
「ここは、そういう所なんだよ。昔は東急が開発してさ、それなりに賑わったんだが」
「おれが乗ってきた電車は東急じゃないのか?」
「違うよ。東急は、もう何十年も前に撤退して、あの線、今は貨物の方が多いんだよ」
 そのようだ。海岸線を左に折れ、鉄道の踏切に差し掛かると、遮断器が下りてきて、貨物列車がゆっくり左から右へ走ってゆく。何十輌もあるのが当たり前の貨物列車だが、五輌しかない。
「短いな」
「景気が悪いからね」
 最後尾の車両には、なぜか、砂かけ婆のような老女がふたり、石炭の山の上にうずくまっている。
「あれはなんだい?」
「無賃乗車。みんな金がないんだよ」
「おまえは、どうやって暮らしているの?」
「修理工と小さな商いの魚屋だよ」
「魚屋か。あんな海で魚が獲れるのか?」
「獲れることは獲れるよ。質は良くないけど」
 踏切が空き、しばらく走ると、
「ここが家だよ。兄貴の部屋もあるから、クルマを車庫に入れて」
 大通り沿いにポツンと一軒だけある店舗併用住宅。外壁は、BXと似たような黄土色。見ると、車庫の隣に、鱗のないヌメっとした、鮮度が良くない魚が並んだスペースがあり、なるほど、小さな商いとは、これのことか、と納得する。とともに、私は、この地で暮らす覚悟を決めた。


散文(批評随筆小説等) 夢描写、三度目 Copyright MOJO 2017-09-24 15:42:09
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