目論んでいたんだろう―日の当たらない公園の一角で、ずっと。
ホロウ・シカエルボク


ある曇りの日の朝、公園の隅に穿たれたモグラ穴のようなものの中でおびただしい数の蜂が転がっている、それはみんな死んでいて艶を失くしている、いくつかのものはすでに炭化を始めている、木々の側で―木陰で、おそらくはこの俺のようなもの好きしか気づかないような場所で、おびただしい数の蜂が―それにはなにか理由があるのかもしれないし、悪趣味な戯れに過ぎないのかもしれない、だけど、これほどの数を戯れで搔き集め、こんな場所にこんな風に埋葬するだろうか?そんな疑問を解けないことは初めから判っていた、それでも俺はそれを考えずにはいられなかった、穴の中に積み上げられた無数の蜂は、すべてが俺を見つめているみたいで―俺は手にしていたペットボトルの水をそいつらに振りかけた、半分以上残っていた、そいつを、全部―もちろんそんな行為に効果を期待してはいなかったし、たいして意味もなかったのだけれど、しいて言うなら、俺にはそいつらが水を求めているような気がした、ほんのわずかだけれどそんな気がしたんだ、そして、いま俺が彼らにしてやれることといえばたぶんそんなことぐらいだった、だから俺はそうした、空のボトルはすぐそばにあったごみ箱に捨てた―そんなとき突然雨が降り始める、始めはゆっくりと、それから強く―プログレッシブ・ロックのような緩急で―コンクリートの山腹に四つばかり穴が開いた遊具の中で雨宿りをすることにした、円弧の半分に沿うように座り、自分の膝を眺めながら雨の音を聞いていた、そんな風に雨宿りをするのは初めてだった、携帯のバッテリーはカラになっていた、だからただ、じっと―十分ほどそうしていただろうか、激しさを増した雨の中で違う音がしているのに気づいた、俺はじっくりと雨音に耳を傾けた、それが無数の蜂の羽音だと判るのにたいして時間はかからなかった、それが、本物の蜂ではないことはすぐに見当がついた、激しく雨が降り続けている中で蜂が群れて飛ぶことなどないだろうし―それがどういうものなのか、さっきまで公園の隅に居た俺に判らないはずはなかった、蜂の羽音は真っ直ぐに俺を目指して遊具の中に飛び込んできた、すぐそばで音はしているのに姿は見えなかった、羽音は俺の周りをしばらく飛び、それから耳の中に飛び込んできた、たくさんの羽音が俺の脳味噌の中で反響した、それを聞いていると俺はなんだか自分が自分ではないような、そんな気がしてくるのだった―そうして頭蓋骨の中で反響し続ける羽音を聞いていると、その音の向こうに、誰かが叫んでいるような声がしていた、俺は半ば操られているような感覚を覚えながらその声が聞こえる方に目をやった、そのとき、羽音は猛烈なモーターのように回転数を上げ、俺は脳味噌にたくさんの裂傷を受けたような気分になって頭を抱えた、そしてそれからなにも判らなくなった―身体が濡れて疲れている感覚に我に返ると、さっきまで雨宿りをしていた遊具の側に立っていた、足元にはスウェットの上下を身にまとった太った男が居た、それは一目で死んでいると判った、俺は迷わずに公園入口の公衆電話で警察に連絡した、待つ間遊具に戻って雨を凌いでいたが、すでに身体はびしょびしょに濡れていた―ほどなく警察と救急車がサイレンを鳴らしながらやって来た、俺はパトカーの中に誘導され、いくつかの質問に答えた、散歩でここに来てひと休みしてたら雨に遭って、遊具の中で雨宿りをしていた、そのうちにウトウトしてしまって、気づいたらここでこの男が死んでいた―本当のことを話すときっと信じてもらえないだろうと思った―警察官は時折うんうんと頷きながらボードに置いた紙になにかを書いていた、俺は、きっと疑われているんだろうなと思ったが、根気強く付き合うことにした―そのとき俺にはもうあらゆることが判っていた、おそらくここで死んでいた男が、あの蜂どもを搔き集めてあそこに捨てたんだろう、そして、蜂どもの霊はたまたま今日この場所にいたこの俺を利用して、この理不尽な死の制裁をあの太った男にくわえたに違いないだろうと…でもそれを目の前の警官にどんなふうに話せばいい?頭のおかしな人間だと思われるのがオチだ―とりあえずいいでしょう、と、警官は俺に微笑んで見せた、後日、改めてお話をうかがうかもしれません、と警官は言って、俺を自宅まで送ってくれた、シャワー浴び、ソファーにもたれていると、たくさんの羽音が俺の耳から飛び出してどこかへ消えて行った―窓から見える空は雨降りに飽きて新しい太陽をどこかから連れてこようとしている―。


自由詩 目論んでいたんだろう―日の当たらない公園の一角で、ずっと。 Copyright ホロウ・シカエルボク 2017-09-21 00:31:55縦
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