庭のおかあさん
田中修子

庭の柿の木は ざらりとしたぬくい腕で
小さなころからずっと わたしを抱きしめてくれました

おばあちゃんがわたしを
だっこもおんぶもできなくなったころから
わたしはランドセルを放り出して
庭の柿の木によじのぼっては
ぎゅっとしてもらうのでした

わたしが飽きるまで抱きしめてもらって
飽きて離れてもそこにぜったいあって
ひそやかに 抱けば抱くほど ぽかぽかするね

そのころの わたしが
にんげん から おしえてもらったことは

原爆で生焼けになった人のうめき声
731部隊でひとがひとをナマで解剖した
日本の兵士がおんなのひとを犯しまくった

とか

そうしてお母さんは
わたしが子どもの権利条約の暗記を間違えると
怒鳴りつけてくるものでした

から

そしてまた集会で
「このひげきをにどとくりかえしてはいけません」
とわたしがいうと
「ちいさいのになんてリッパな考え方をする子なんだ
さすがしっかり教育なさっているものだ」
みんなすごくよろこんで褒めてくれるものでした

わたしはお母さんとお父さんの
ゴキゲントリの鸚鵡をしているだけなのに

ですから

わたしは にんげん って
なんてばかでいやなものなんだろって
こんなにいやなものしかなくって
死んでしまえばどうも それっきりらしい

そしたら

はじめに首吊りをこころみたのは小学生のころでした
失敗するごとになぜだか
庭の柿の木にだっこしてもらいにいきました

庭の柿の木は
だまって抱きしめてくれました
するとわたしはそこでいきなり
涙が止まらなくなるのでした

春には躍るようなキミドリ
夏にはいのちそのものみたいなま緑
秋にはしずかに炎色
冬にはまるで死んでいくように痩せ細ってはらはらしました
けれど耳当てれば息づいていて
かならず春がくるのです

にんげん が 甲高い声で叫ぶくせにおしえてくれなかったこと
庭の柿の木 が だまっておしえてくれたこと

ぜったいにまた、春はくるのです
夏もくるのです
秋には鮮やかに燃え盛るのです

呼吸さえやめなければ。


自由詩 庭のおかあさん Copyright 田中修子 2017-09-11 13:42:31縦
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