一礼二礼
松岡宮

中目黒駅到着です 
東急東横線はここから渋谷まで 地下を走ります

運転士のいた部屋は光の部屋
中目黒駅までは初夏の青さを真っ先に捕まえていた
「どうだ、東横線の風景は、いいだろう?」
運転士の表情も神様からもらったような光を放って輝いていた
だけどここから先は暗黒のトンネル
中目黒-渋谷間は地下のチューブを走ることになります
さようならみなさま
運転士が乗客に向かって 一礼
「カーテンを閉めさせていただきます」
そして また 二礼
隣の「乗務員室」と書かれたガラスにもたれた女性の後ろ髪に向かって
さようならみなさま
「カーテンを閉めさせていただきます」

誰も見ていないのに
そのお辞儀はやけに丁寧で 美しかった
いや
誰も見ていないのではなかった
運転士のなかの神様が見ていたのだ
運転士のことをいつでも見ている神様と交わす
儀式だったのだ

これから僕のひとりの世界
渋谷までの孤独なチューブの旅
僕にしか見えない閉じた砂漠が広がっているだろう
僕にしか聞こえない子守唄を歌う骸骨が転がっているだろう
永遠にどこかの世界へ迷い込むポイント故障があるという
何事もありませんように 
一礼二礼して
僕は長くて短いかくれんぼに入ります
僕だけの世界に入ります
神聖なる地下儀式
お客様にお見せするわけにはいきません

それからどんな葛藤を経たのかはわからないが
けもの 骸骨 けちらして
カーテンの向こうの運転士のハンドルさばきで
渋谷到着 また 一礼
「ご乗車ありがとうございました 渋谷 渋谷です」
東京メトロの運転士と入れ替わり
また 二礼
やはり綺麗なお辞儀をしたのを見た
どこかに初夏の日差しを置き忘れてきた部屋に
運転士の祈りだけが
ぽつんと残っていた


自由詩 一礼二礼 Copyright 松岡宮 2017-06-07 00:23:52
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