一巡

午前十時 駅の南口
キャリーバッグに詰め込んだ春の始まりの空気
わたしを見つけたあのこが笑って手を振った
作り上げた必然のようなただの偶然

滑り台のある公園の桜が三割ほど芽吹いて
その下で火傷するほどに熱そうなコーヒーをあのこが啜る
あの桜の枝が満開になって、散っていったのはいつ頃だろう

都会の真ん中にうずもれた映画館で
スクリーンに映し出された人生をなぞる
おもたいカメラを買ってみたけれど、マティーニはわたしにはまだ早い
ただただ車が走るままに逃避行することを許されたかった

舌の上で溶かしたソフトサンデーはどこまでも甘い
添えられたどうぶつの形のやわらかな砂糖菓子を齧った
あれらはきっと今日もだれかの血肉になり続けている

そしてまたさよなら
あのこの日常にわたしは居ない
陸続きなのに、別の星のように遠いそこには雪がまだ積もっていますか
グレーのカーディガンに染み付いていたはずのメンソールの匂いはあっさり消えてしまったね

季節がひと巡りして、空は灰色
しずかな雨が滴る公園には桜はまだ咲かない
まるでふるさとみたいになった街の、そこかしこに散らばった記憶
雁字搦めにされたわたしが道路の真ん中に横たわっていた


自由詩 一巡 Copyright  2017-03-26 10:04:20縦
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