愛煙家
ただのみきや

こみ上げる想いに潤むひとみのように
雪はこらえにこらえて雪のまま
朝いっぱいに流れ着いた三月のある日


外に置かれた灰皿の傍 四人の男が並び
みな壁を背にして煙草を吸っている
見知らぬ者同士あるいは 
同じ時間に同じ場所と見知ってはいるのか
互いに目を合わすこともなく
駐車場の方を向き
風の港へ白いけむりを送り出す
けむりは抱かれて行ってしまう
すぐに見えなくなって


四人の男たちは一人きり
ほんの数分 乳房を吸う
ニコチンにあやされながら
雲のように流れる思考の影を
ぼんやり見送ったり
ふと つかまえたり
そうして灰皿に煙草を押し当てて捨て
儀式を終えて 自分を送り出す
時間は男たちをそれぞれの労役へ運び去る


古い映画の中では今でも
いい男といい女が煙草を吸っている
すべては洒落た小道具
指先や手のしぐさ
沈黙に揺蕩うけむりのマジック


からだに悪い 寿命を縮める 癌になる
受動喫煙防止 全面禁煙 煙草の値上げ
追い詰められる絶滅危惧種たち 


「ニコチン中毒? 確かにね
死ぬとか言われても もう自分の一部だから 」


窯で焼かれる日
過ぎた人生をまるで一本の煙草のように燻らせて
愛煙家の魂は
火葬場の煙突の脇の辺り
どこへさらわれて往くのだろう
雪や雨を孕む雲の胎へか
好きなけむりに姿を変えて
風に抱かれて見えなくなった




                  《愛煙家:2017年3月25日》










自由詩 愛煙家 Copyright ただのみきや 2017-03-25 19:51:21縦
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