哀れなAlley Cat
ホロウ・シカエルボク



一匹の雄の野良猫が居た、根性も身なりも薄汚い野良猫であった。他人の捨てたものを漁らなければニャアと鳴くことすら出来ず、鳴いたところで短い、汚い声を上げる程度であった。その内容も、他の猫が聞けば失笑をもらすような、稚拙なものだった。そのくせ彼は尊大な態度で、近くを通りがかるお仲間に向かって偉そうに牙を剥いて見せるのだった。だが不思議なことに、「すぐにでも噛みついてやるぞ」といった顔をしている割には、彼の方から近寄ってくることは一度もない。尊大ではあるが勇敢ではないのだった。そんな有様だというのに彼はどういうわけか、「あいつは凄い猫だ」と周りに認めてもらいたかった。ろくに鳴き方も知らないのに口を閉じないのは、そういう理由からだった。おまけに猫にしては肉が付き過ぎていた。万が一本当に喧嘩になれば、鈍重ゆえにあっという間に首根っこを取られ、腸に詰まった糞を存分に垂れ流してしまうことだろう。それでもなにかしら違和感を覚える程度の頭はあるらしく、「俺は鳴き方もろくに知りはしないがそれでも鳴く権利はあるのだ」などと、妙な予防線を張りながら遠くから小石を投げるような真似をやり続けた。それはつまり、己の存在の不足分を後ろめたく思うような、小心なところがあるということを意味していた。彼はよく余所の猫が使った鳴き方を拝借して次の喧嘩の啖呵に使うようなところがあったが、およそ満足に使いきれてはいなかった。それが例えば人の使う言葉だとすれば、ひとつの文章からひとつふたつの言葉を抜き出すくらいの、お粗末な借用だった。おまけに解釈を間違えてしまっているので、それは結果的にまるで間違ったものになっているのだった。そう、語彙がなければたとえ言葉を拝借したとて、上手く使うことは出来ない。彼はそういうことを理解出来ないので、何度も同じ間違いを繰り返して、彼を面白がっている連中にさらに笑われるのだった。おまけになにか強迫観念に囚われてでもいるように、同じ境遇の野良どもを懸命に笑い飛ばすのだが、そこいらの連中をひとつ所に集めて眺めてみれば、当の彼が一番汚いだろうことは疑うべくもなかった。まったくの笑い話である。彼そのものがどこかの令嬢にでも見初められて陽の当たる窓辺で美しい毛並みをなびかせながら他の連中を見下ろしているならともかく(もっとも実際にそんな暮らしをしている連中は、野良がどうしているかなんて目にも留めないかもしれない)、同じところで日々を過ごしているのだから。彼が尊大な態度で、あちらこちらから拝借した鳴き方で汚い声を上げるたびに、「やれやれ」と他の野良どもは苦笑するのだった。少なくとも彼らは、野良なりにきちんと生きるための鳴き方も毛繕いも、自分で覚えてきたのだから。


自由詩 哀れなAlley Cat Copyright ホロウ・シカエルボク 2017-03-23 23:34:54
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