いのちさめる
ただのみきや

真冬の朝
道を歩いていると
飛べなくなった小鳥を目にすることがある
数年に一度
いつも忘れた頃だ
そっと捕まえ
コートの内ポケットへ忍ばせる
少しおくと
飛べるようになって
やわらかくあたたかい
それは手の中から去って往く
いま足元に一羽のヤマガラが
尾羽に糞をこびり付けたまま
巣だってまだ日も浅いのか
羽毛を湿らせて
逃げる力もなく
手を伸べると少し羽ばたき
すぐ 落下して
あきらかな衰弱
辺りの屋根や電線を見回しても
親鳥らしき姿はない
両の掌で包んで
そのまましばらく歩いた
やがて冷たい冬の川べりに
黒々と捻じれた樹がいくつかあって
そろそろ頃合いかと
なんとなく数回
白い息を吹きかけてから
低い枝へ近づき手を開いた
やや間があって
ヤマガラは飛んだ
とても弱々しく
一番低い枝へ
掴み損ねて
真白い新雪の上へと落下した
翼もたためずに
嘴も半ば開いたまま
あまり時間をかける訳にもいかなかった
出勤途中なのだ
あまり意味のないことだとも思っている
ただの感傷
余計なおせっかい
水を掬うように
どうやら瀕死であるそれを
ふたたび手の中へ納めると
広げた翼に違和感がある
一番外の羽根以外
翼の付け根あたりまで
定規で引いたように真っすぐだ
飛べないようにされている
面倒なことだ
ヤマガラをそっとポケットに入れて
この朝のスケジュールをざっと立てる
会社に着いたらいつも通り
営業車の鍵を取って
車のエンジンをかける
そして積みっぱなしの紙バックに
箱ティッシュの残りをやわらかく丸めて敷き
ポケットから取り出したそいつをそこに置く
ヒーターは弱く入れたまま
車体にこんもり積もった雪を落とし
何食わぬ顔で朝礼に出る
そうして会社を出たら
いつものセブンでコーヒーを買って
こいつの様子を見よう
いけそうなら近くの公園にでも放してやればいい
だめなら
飼われていたのだろうか
それともイタズラされたのか
雛からでないと野鳥は無理だ
籠の中で餌を食べるだろうか
――しかしオマエ大した善人じゃないか
ほっとけばカラスか野良猫が飯にありつけたものを
普段オマエが貶すヒューマニズム馬鹿と同じだな
そいつが瀕死の毛虫とかゲジゲジだったら助けたのかね
小鳥は可愛いもんな人間の目には
自然は差別しないけど
まったくいい気なもんだ
どうするのよ
飼うの?
オマエペット嫌いだろう
ペット以上に飼い主って奴が大っ嫌いなくせに
飼い主になる気かよオマエ
笑っちゃうね――
頭の中でペットショップを検索する
なぜだか
子どもの頃住んでいた街のペットショップが浮かんでくる
午前の仕事は諦めて
鳥籠と餌を買ったら
一度家に戻ろう
だが飼うのは最後の手段
こんなことしていたらきりがない
小学生じゃあるまいし
ストーブの近くに置き過ぎてはだめだ
暑過ぎても良くないだろう
いのちは熱を持っている
頬に降りかかる雪の白さ
天の巧の結晶も
瞬く間に透き通り雫に生まれ変わる
冷たいよ
寒いよ
ひりひり感じながら
一かけらの熾火を包んでいるのだ
――おいおいオマエ書く気かよ
やめておきな
キモチワルイ
やさしさとか繊細さとか
アピールしたいのかね
恰好のネタを見つけたって訳か
哀れな鳥の物語
書くためのネタに過ぎないのかよ――
計画は実行される
事務所で鍵を取り
車のドアを開ける雪だらけだ
やっと乗り込んで
紙袋を開く
ポケットへ
手を入れてそっと探り
つかまえて取り出す
足が窄んで
死んでいる
普通に
ごく普通に朝礼を終えて
車を走らせる
――オマエが殺したのかもな
入れ方が悪くて窒息したとかさ
馬鹿だよな
あんなに弱り切った鳥なんか拾って
オマエ昔からそうだよな
よせばいいのにいのちに関わって
大概は駄目にする
救おうとしても死んじまう
病人なら悪化する
オマエの息子も死んだよな
もとはといえばオマエの不注意だよな
オマエってあれだよな
自覚のない死神みたい
都合よく忘れているけど
飛べなくなった鳥とか
巣から落ちた雛とか人とか
いったい何度目よ
まあいい
すぐに忘れるから
仕事を始めて十五分もすれば空っぽになれるさ
そういう奴だよオマエは
元気出せよ
早いか遅いかの違いさ
みんな死ぬ
オマエ(オレ)だって
さあセブンについた
コーヒーにしようや――
……そうだな
コーヒーにするか




             《いのちさめる:2017年1月28日》










自由詩 いのちさめる Copyright ただのみきや 2017-01-28 23:26:13
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