フィカス・ウンベラータ
高林 光

土曜日の午後
少しけだるい空気の中で
僕の前に座る女と
その後ろの大きな観葉樹
いつも小さな女の話し声が
今日はより小さく感じて
僕にはいくつかの言葉を聞き取ることができない

それなりに長い間生きていると
知らないほうがいいことだってあると気づく
聞き取ることができなかった女の言葉に
それほど執着しなくなったのは
そのためかもしれない

そんな都合のいいことを考えていると、ふと
女の後ろに立つ観葉樹のハート型をした大きな葉が
聞き耳を立ててこちらを向いているような気がして
僕が聞き逃した女の言葉たちが
観葉樹の大きな葉に吸い込まれていく
もしかしたら
言葉にならなかった想いまでも
すくい取ってしまうのかもしれない
決して積み上がることのない
不安定なよろこびとかなしみといらだち

身じろぎひとつしない観葉樹をただ黙って眺めていると
知らないほうがいいと思っていたことの中に本当は
僕が一番知りたかった言葉も
知らなければいけなかった想いもあったのではないかと
急に不安になりはじめた
けれど もう
女の言葉たちはそこにはなくて
観葉樹の大きな葉だけがこちらを向いている


自由詩 フィカス・ウンベラータ Copyright 高林 光 2016-09-05 11:03:41
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